FC2ブログ
Loading…

リオ生まれの粋…ボサノヴァの響き方

Posted by Ikkey52 on 17.2012 音楽   0 comments   0 trackback
 プロレスラーのアニマル浜口が、娘の京子のロンドン五輪敗退を慰めるのに、例の調子で「リーオ、リーオ、リーオ」と怒鳴っていた。次期オリンピックは南米大陸初の開催、ブラジルはリオデジャネイロだ。いまから楽しいサンバのリズムが聞こえる。
 サンバやボサノヴァに、なぜか心を惹かれる。これはどうしようもない。中学生の時分、セルジオ・メンディスとブラジル‘66の音楽にノックダウンされた。アストラット・ジルベルトのハスキーヴォイスに大人の女の色気を感じた。ただし、当時の音楽区分けでいけば、メキシコ音楽も、インディオのフォルクローレも、「ラテン」という分類に入っていた。おおざっぱなものだった。
 声を張り上げずに歌うボサノヴァの不思議な唱法は、どうして出来上がったのか、諸説あるようだが、リオの中産階級の子弟らがコンドミニアムの一室をサロン化して音楽をやっているなかで、隣室に響かないように小声で歌ったのが始まりらしい。多くの民族音楽が、喜び、楽しみ、怒り、悲しみなど、ストレートな人間感情から出ているのとはちょっと色合いが違う。歌詞として少しばかり単細胞な、だから歌いあげるなどということはなく、ささやきに似たレベルで歌うのがお約束の気だるいサウンドに、どうしてこれほど心が震えるのか。ジャズっぽい和声と独特な律動(リズム)で味付られた、音楽的にはかなり高カロリーな美食に違いない。
 ナラ・レオン、カルロス・リラらとともにボサノヴァ黎明期からの大看板の1人に数えられるロベルト・メネスカルがこの夏、75歳で日本ツアーのステージに立った。この人のジャズ・フィーリングに満ちた小粋なギターフレーズは、もう枯山水の域。ベテラン女性歌手ワンダ・サーとのデュエットは何度聞いても飽きない。その名も「リオ」という名曲はメネスカルの作品だ。
 商業音楽の指標がレコードになって、世界で一番売れた音楽はビートルズ・ナンバーだが、二番目の売れ筋は、ボサノバの父、アントニオ・カルロス・ジョビンのナンバーなのだそうだ。1994年にニューヨークの病院でジョビンが死ぬと、彼の祖国ブラジルでは、リオ生まれの偉大な音楽家の死を悼んで国民に3日間の服喪を求める大統領令が出された。のちにはリオのガレオン空港が、「アントニオ・カルロス・ジョビン国際空港」に改名された。世界中の様々なステージで演奏家、歌手がジョビンの曲を夜ごとカバーしているが、地球の裏側の大国で、彼の存在がどんなに大きかったか、私たち日本人にはちょっと想像もつかない。
 ジョビンの手になる名曲は数多いが、youtubeで見られるものでは、1986年モントルージャズフェステイバルでのVocê e eu(邦題:あなたと私)と Chega de Saudade(邦題:想いあふれて)が絶品と思う。ハーモニー至上主義者は時としてユニゾンを軽く見ることがあるが、このジョビン・バンドのステージでは、5人で担当する女声バックコーラスのユニゾンが堪らなく魅力的だ。
スポンサーサイト




  • password
  • 管理者にだけ表示を許可する

trackbackURL:http://ikkey52.blog27.fc2.com/tb.php/80-54462323

プロフィール

Ikkey52

Author:Ikkey52
ジャーナリスト 札幌生まれ
父方は、奈良十津川郷系+仙台伊達藩亘理系。母方は東三河豊橋系+肥前鍋島藩系+加賀藩系

ショッピング

トラベル

オークション

最新トラックバック

ラビリンス

デラシネ通信

ブログランキング

ブログランキング

検索フォーム

ブロとも申請フォーム

QRコード

QR