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 村ごと移転のすすめ ~被災民の末裔に生まれて~ (1)

Posted by Ikkey52 on 30.2012 原発   2 comments   0 trackback
 先週の日曜日、連れ合いと出かけた近所のスーパーでのこと。人でごった返す刺身コーナーに、脂がのってうまそうな本マグロ・大トロのパックがどっさり積まれており、ひとパックの量は十分、値段も驚くほど安い。ところが、不思議なことに誰ひとり手を出そうとしない。あらためて商品を見直すと産地表示のところに「塩釜産」とあった。これか、と思い当った。脳裏に地図が浮かび、自覚しないうちにフクシマと産地の距離を測る人が圧倒的なマジョリティなのだ。漁業関係者、流通業者には何の恨みもないが、気づくと私たち二人も他の買い物客に混じって通り過ぎていた。
 翌日、青森県八戸沖で獲れたマダラから、基準値を超える放射性セシウムが検出されたというニュースに接した。漁協の出荷自粛は過去にもあったが、青森県産の農林水産物が政府から出荷停止を指示されるのは原発事故以来これが初めてだという。何も終わっていない。まだ、始まったばかりだ。
 被災地にこそ、希望が必要だ。希望があればこそ、復旧、復興に汗を流せる。だからといって、原発事故の収束といった虚構や、福島隣接地が食糧基地として回復しつつあるかのような幻想を、被災者にまき散らしていいものなのか。あまりに罪深い、と私などは思ってしまう。生産物が出荷できても消費地で敬遠されるのなら、生産コスト、流通コストの掛け損だ。市場原理から弾き飛ばされているのと同然であり、結局のところ生産地の暮らしはいつまでたっても成り立たない。無責任な気休めは、被災者の心に絶望を植え付ける凶器に簡単に変わる。除染というのも、ある種の気休めだろう。家の周囲の表土を取り除き、屋根や壁を水洗いし、側溝をさらったところで、里山の木々には、小川には、水田には、海底にはいつ手が付くのだろうか。子供でも分かる道理だ。
 チェルノブイリ事故から26年が過ぎたが、被災した周辺の食糧生産者が元の暮らしを回復したという話は聞かない。いま尖閣、竹島の領土周辺がきな臭いが、フクシマ事故によって、日本は広範囲の領土を失ったと考えたほうがいっそ合理的かもしれない。私たち同世代人の限られた時間軸で見れば、穢された土地と海は、すでに不可逆的だからだ。では、暮らしの基盤を失った人たちはどう生きていけばいいのか。
 私事だが、3年前に父親を亡くしたとき、遺品整理のなかで、北海道一世にあたる曽祖父が残した手記を読み込む機会があった。曽祖父が奈良県十津川郷からの移住者であったことはもちろん知ってはいたが、3・11以降の文脈でいま改めて読み返してみると、自分は明治期の被災難民の末裔なのだ、と強く意識された。
 3・11の被災者、特にフクシマ原発事故を引き金とした放射性物質拡散によって故郷での生活基盤を失った人たちが、暮らしを立て直す現実的方途らしきものさえ見いだせず、ただ停滞しているような閉塞情況がある。思いつきだと笑われるのを覚悟のうえで、被災難民の末裔という立場から、局面打開の方向性を以下、考えてみたい。
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このコメントは管理人のみ閲覧できます
2017.04.12 14:19 | | # [edit]
お読みいただきありがとうございました。先祖たちの知恵の一端、拡散いただければ幸いです。

> 震災後何年たっても移住のことが語られないことが変だと思っていました。これだけまとめられたものを読むのははじめてでした。事後承諾なのですがフェイスブックに紹介させていただきました。問題があれば削除致します。貴重な記録ですので、別のHP(http://www.someyaoriya.com)の方にも残しておきたいと思いますが、よろしいでしょうか?よろしくおねがいいたします。
2017.07.08 15:29 | URL | Ikkey52 #- [edit]


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