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ル・カレの小説世界に迫った映像  ~映画「裏切りのサーカス」礼賛

Posted by Ikkey52 on 21.2012 エスピオナージ   0 comments   0 trackback
 優れたサスペンス映画とはなんだろうか。目の肥えた観客を、一瞬たりとも飽きさせず、最後の最後まで翻弄し、振り回すシャシンかもしれない。本年度アカデミー賞3部門ノミネート作、「裏切りのサーカス」に思い切り振り回されてきた。一度見たきりなので、おそらくは見落とした仕掛けがもっとあったに違いない。2度、3度見ねばならない、そんな気にさせられた作品だった。
 原作は、スパイ小説の巨匠ジョン・ル・カレの最高傑作「スマイリー3部作」のひとつ、「ティンガー、テイラー、ソルジャー、スパイ」。派手な撃ちあいともカーチェイスとも無縁で、官僚組織の末端に生きる人間たちの苦悩が透けて見える正統派エスピオナージュの作風は、大人の読者には何ともたまらない魅力だ。
 それにしても、これだけ入り組んで複雑なストーリーの小説を、よくぞ映画に仕立て上げ、しかも極めて上質なレベルに高めたもの。感嘆に値する。日本映画の父とよばれた牧野省三は、映画づくりのキモについて、「1スジ、2ヌケ、3ドウサ」と語っている。テクノロジーの進歩で映像の鮮明さをいう「ヌケ」には全く問題がなくなった現代でも、スジ(ストーリー)とドウサ(演技)が締まらなければ、ここまでの映画はできない。スウェーデンの映画監督トーマス・アルフレッドソン恐るべしというところだ。
 冷戦下、ソ連KGBと鋭く対峙する英国情報部MI6(通称サーカス)で、作戦の失敗や情報漏洩が相次ぎ、組織のリーダー、コントロールは内部にソ連の二重スパイ「もぐら」がいる疑いを深める。折からハンガリーの将軍が「もぐら」の正体をイギリス側に売りたがっているとの情報が入り、コントロールは他の幹部には内密に直接ジム・ブリトーに極秘任務を与えてブダペストに送り込むが、それは東側の罠だった。ジムは背中を撃たれて取り押さえられ、ハンガリー政府からはイギリスの謀略活動があったと宣伝されて作戦は大失敗。責任を問われたコントロールは腹心の幹部スマイリーとともに組織を追われ、失意のうちに死ぬ。その後、トルコのイスタンブールで活動中のサーカスの工作員が、「もぐら」の情報を握るKGB女性工作員と恋仲になり、彼女の英国亡命を画策するが、ロンドンへの連絡の直後にKGBに彼女を拉致される。二重スパイの存在を確実とみた内閣の情報担当次官がついに動き出し、過去の人となっていたスマイリーを非公式に召喚、ようやく「もぐら狩り」が始まる…。
 会話だけでソ連圏の辺境という地政学上の位置が明快になるブダペストのシーンが渋いし、ウェイターに化けた東側エージェントの男が、袋の鼠となったジムのオーダーしたコーヒーをサーブする際、緊張のあまりテーブルに思わず落としてしまう汗一滴をアップしたのがまたは申し分ない。イギリスのスパイものでは定番となっているイスタンブールの描写は、エキゾティズムが過多だと目も当てられないが、そこをぐっと我慢して成功している。
 スマイリーの回想という形で、映像はときおり時間を遡る。「もぐら」にかき回される以前、クリスマスパーティで羽目を外すサーカス職員たち。そこでレーニンのお面を被ったサンタクロースが登場し、ソ連国家を歌いはじめるとみんなの合唱になるシーンがいい。敵に対する敬意とまでは言わないが、スパイの世界の戦いは、結局頭脳戦なのであり、好敵手とは何度となく知恵比べをすることになる。サーカスの二重スパイを操る東側の黒幕カーラに対して、若き日のスマイリーが抱いた愛憎入り混じった感情まで、スコッチの肴として描き出していた。台詞の練り上げがすごい。同じパーティで流れるシャンソン「ラ・メール」がまたいい。だれが歌っているのかわからなかったが、ブログでどなたかに「フリオ・イグレシアス」と教えられた。最後のクレジットもろくに見ずに、茫然と余韻に浸っていた自分はやはり未熟な観客だった。極上のひと皿に残された究極のソースを、パンでこそぎとらないままにしてしまった気分だ。それにしても、ロンドンでなぜ車がシトロエンなのだろうか。見る人が見れば、たぶんリアルを感じるのか。いやはや、芸が細かい。
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