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太永浩『三階書記室の暗号 北朝鮮外交秘録』……北朝鮮外交はなぜ手ごわいか

Posted by Ikkey52 on 01.2019 北朝鮮   0 comments   0 trackback
 厚いベールに包まれた北朝鮮という国の実像を知りたくて、脱北した人の手記が話題になるたびに一通り読んできた。工作員だった安明進や強制収容所から脱走した姜哲煥のそれはいまだに印象深いし、金日成体制を支えた主体思想理論家の黄長燁、大韓航空機爆破犯だった金賢姫の手記なども、その後の自分の北朝鮮理解を大いに助けてくれた。

 しかし、駐英大使館公使だった太永浩の手記は、これまでの脱北者モノとは一味も二味も違っていた。脱北者の多くは、受入国の韓国と北しか知らない。外交官だった太の視野は当然ながらもっと広い。なにしろ少年期に二度、中国留学を経験し、改革開放期の隣国の激動に触れた。外務省入り後もデンマーク、スウェーデンに駐在したほか、イギリス勤務も二回目だった。脱北以前に母国を何度も離れて、客観的に見る機会に恵まれた人というのは、ごくごく少数だ。 

 英語担当であったことが幸いし、本省では重要な外交に関わり、官僚としても鍛えられた。独裁者と行政機構、軍部との関係を、具体例をもとに明快に語れるのはそのせいだろう。北朝鮮政治を論じる時、日本の識者は得てしてキーマンの党内序列の変化に注目するが、太によれば、北の官僚機構はすべて縦割りであり、横に意思疎通を図る手段がないから、党内序列に意味はない。

 母国を不幸のどん底に沈めた独裁体制への批判に感情的に流されるのではなく、金王朝三代の治世のニュアンスの違いを無視していないことにも注目した。特に金日成時代後期、つまり金正日が後継者として認知される以前の1960年代後半から70年代初頭にかけて、北朝鮮社会は、貧しいながらも一定の生産を確保し、地方であっても職場の給与と配給でなんとかやっていける状況にあった、という指摘は新鮮だった。

 北朝鮮のような閉ざされた国で、外国駐在が許される外交官は、いうまでもなく特別な存在だ。独裁者の周辺は、外交官が外国の悪い風潮に染まって、それを国内に持ち込むことを極端に恐れていたから、外交官は第一に志操堅固でなければならない。となれば、当然、国内での地位が高いエリート層の子弟が中心に選抜される。

 だからといって太の出自が、エリートを輩出する核心階層だったわけではない。独裁者一家との関係の濃淡によって、一族郎党の身分が決定されるいわば封建社会で、太の実家は中級の階層に属していた。体育を含む学業成績の高さ、社会活動への積極参加、私的言動の律し方など、総合的に評価され、外務省の狭き門をくぐった。

 北朝鮮の外交を評して、瀬戸際外交などと呼ぶ。国内にはやせ我慢させても、外交は強気を貫く。あの強さは何なのだろうと思っていたが、外務省もまた、ちょっとした失点が銃殺、粛清に直結する職場だった。仕事ぶりが厳しくなるのは当然だろう。それに比べて日本の外務官僚たちはどうか。高望みしなければ、キャリア身分で入省する限り、退官まで安泰。そんな両国の外交戦の帰趨はおのずから見えている。

 米韓合同演習を北朝鮮が蛇蝎のごとく嫌うのは、演習のたびに主力軍がトンネルに身を潜めねばならず、費用がかかるうえ、トンネル内の空調が悪く、兵士が健康を損ねるためだ、という解説にも目からうろこが落ちた。迷惑がっているのは軍部だけであって、他の省庁は外務省をはじめ、あまり関係ないらしい。
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