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伝説の銀座マダムを手玉に取ったヒモの正体……石井妙子『おそめ』

Posted by Ikkey52 on 01.2019 文芸批評   0 comments   0 trackback
 取材には取材者の姿勢が問われる。取材態度のことだけではない。文字通り、服装や立ち振る舞いを含めてのことだ。石井妙子という取材者はおそらく被取材者の前でいつも凛とした姿勢を崩さない人なのだろう。『おそめ』を通読してそんな気が強くした。

 この評伝の主人公、「おそめ」こと上羽秀は、取材相手として厄介なタイプではなかろう。いや、むしろ逆に取材しやすい人かもしれない。なにしろ打算というものがない。虚栄もなかった。昭和三十年代に飛行機を日常の足に使うことで、東京銀座と京都木屋町の二か所で超一流バー「おそめ」の経営を両立させた伝説のママだったのにも関わらず、だ。いわゆるやり手女性経営者のイメージとはまるで違う。

 祇園で芸妓修行に入り、一時東京の新橋でも働いた。贔屓の客にもっと楽しんでもらいたいと、独立して京都で小さな店を構え、おそめはママと呼ばれる立場になる。天使のように天真爛漫なママがいる店だと客筋の文人墨客らが名のある人に紹介する。紹介者がまた新しい客を呼んで店は大繁盛した。無鉄砲に銀座にも店を出したらこれも流行る。川端康成、 里見弴、 川口松太郎、小津安二郎、 大佛次郎、川島雄三、 鶴田浩二、青山二郎、白洲次郎正子夫妻、 美空ひばりらが「おそめ」で遊んだ。

 小賢しさとは無縁の秀は心の赴くままに激動の時代を生きてきて、騙されたことも数知れない。それも定めと呑み込んできた。だから石井に対して、驚くほど率直に語ってくれる。やがて石井自身、生まれ故郷の京都で悠々自適の老境を送る秀の話し相手となることに、ある種の心地よささえ感じはじめるのが筆遣いから窺える。それでも石井は、秀といえど他人には語りづらい部分を持っていることに気づく。

 人を心地よく酔わせ、楽しませることにかけては天賦の才に恵まれた上羽秀という女性。その再発見だけでもテーマ設定が図抜けているが、この作品の白眉は、評伝の主本人以外から石井が聴きだした上羽家の家族史、バー「おそめ」の経営史の驚くような断片だ。

 自分にとって最もインパクトがあったのは、やくざ映画全盛期の東映プロデューサーにして、女優藤純子(現・富司)の父、女優寺島しのぶにとっては祖父にあたる俊藤浩滋が、なんと秀のヒモであったこと。仕事もせず秀の金で食い、籍も入れなかった。この作品に出合わなかったら、"緋牡丹のお竜"こと女侠客、矢野竜子に扮して一世を風靡した藤を、名のある映画人の令嬢あがりだとずっと信じ込んでいただろう。

 俊藤の素性は神戸のヤサグレ。当時の東映は、安藤昇という本物の元暴力団組長をスターとして抱えていた会社。関西ヤクザと関りの深い遊び人を、プロデューサーとして取り立てるくらい朝飯前だったのだろう。その俊藤、秀の心根の優しさに付け入って、別居中の妻や子(藤ら)の経済的面倒まで見させている。図々しいにもほどがある。そんな海千山千の男に惚れて惚れて惚れぬいてしまった秀の純情がなんともいじらしいが、例によって秀は、自分より早く逝った俊藤を慕いこそすれ、恨み言は一切口にしていない。
 
 秀と俊藤との関係を単なるゴシップに過ぎないと考えたのなら、作者の石井もここまで深掘りしなかっただろう。同じ女性として石井がどう受け止めたのか、男性読者にはもうひとつの読みどころかもしれない。
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