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欧州流入難民の偽装家族は…映画「ディーパンの闘い」

Posted by Ikkey52 on 10.2019 映画   0 comments   0 trackback
  例え数万語の言葉を費やしても描ききれないものを、映像作品が見事に描いて見せることがある。フランス映画「ディーパンの闘い」を観て、あらためてそう思った。

  どんな内容なのか、「骰子の眼」(http://www.webdice.jp/dice/detail/5027/)がまとめたあらすじが実に適切、かつ簡素なので、以下、そのまま借りる。
  「内戦下のスリランカを逃れ、フランスに入国するため、赤の他人の女と少女とともに“家族”を装う元兵士ディーパン。辛うじて難民審査を通り抜けた3人は、パリ郊外の集合団地の1室に腰を落ち着け、ディーパンは団地の管理人の職を手にする。日の射すうちは “家族”として生活し、ひとつ屋根の下では他人に戻る日々。彼らがささやかな幸せに手を伸ばした矢先、新たな暴力が襲いかかる。戦いを捨てたディーパンだったが、愛のため、家族のために再び立ち上がる」。

  「スリランカ」と「フランス」というミスマッチがみそだ。監督したフランス人のオディアールは、イギリスBBCがスリランカ内戦をテーマに制作したドキュメンタリーを観て、この映画製作を思い立ったそうだが、それまでスリランカといわれても、紅茶のイメージしかなかった、と語る。ソルボンヌ大学で文学と哲学を修めたような知識人の監督にして、その程度の理解だ。フランス、イギリス、ドイツなどのヨーロッパの大国は、第三世界から多くの移民、難民を受け入れ、彼らを社会の底辺の労働力に取り込んで成り立ってきたが、言葉の関係もあって、それらの国に集まるのは、かつて植民地支配した地域の出身者が多い。スリランカを含むインド亜大陸の移民、難民はイギリスと紐づいており、フランス人がよくわからないのも不思議はない。だからこそ、ディーパン、妻のふりをするヤリニ、その娘で通す小学生のイラヤルは、いっそう孤立感を深める。

 荒れ果てた集合住宅が移民ギャングの巣窟になっている図は、たとえばマルセイユ郊外の話としてずいぶん前から伝わっていた。パリのそれにはついては多くを知らないが、おそらく大都市だけにもっとひどいのだろう。暴力沙汰、殺人があっても、事実上の無警察状態だ。被害者も加害者も所詮は根無し草たち、放っておけということか。

 スリランカの生まれといっても、3人は少数派のタミル人。ディーパンが所属したのは、分離独立を目指す反政府軍事組織「タミル・イーラム解放の虎」だった。同組織が敗北することで内戦は終結したのだが、再挙兵の企てがあり、連絡をつけてきた元上官がディーパンにも軍資金集めの協力を強いてきた。難民には違いないが、いまはパリで職を得ているディーパンは、殴る蹴るされながら頑固に拒絶する。その夜、ディーパンは珍しく深酒した。気づけば酔いに任せて、兵士時代親しんだタミル語の軍歌を高歌放吟していた。自分で自分を鼓舞せずにはいられなかったのだろう。
 以来、ディーパンのなかで何かが決壊した。戦士として政府軍との苛烈な戦いを潜り抜けて、自分のいまがあるのではないか。なにを恐れている――ギャングどもに好き放題やられることに甘んじていていいのか――と。ディーパンはゴミ溜めのような集合団地に巣食う悪たれどもをあたらしい敵に見立て、もう一度、戦士として命がけの戦いをしようと決意する――。

 2015年のパルムドール受賞作。オディアール監督は事前にパリのタミル人のコミュニティに取材し、同じタミル人同士でも、兵士と普通の住民との距離は決して近くないと知ったそうだ。冒頭に近い難民キャンプのシーンで、難民船に乗り込みたい独身女のヤリニが、家族持ちを装うために、身寄りのない子供を必死に探し回り、見つけ出したのが9才のイラヤルだった。難民という言葉のなかに、当たり前のように孤児がいて、偽装家族も数限りないのだと思い知った。
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