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百年品質保証の満州国論~ある米国人ジャーナリストの主張

Posted by Ikkey52 on 29.2016 近現代史   0 comments   0 trackback
 近現代史の中で、多くの人が日本の恥と考える出来事はいくつもある。なかでも極めつけは対支二十一か条要求かもしれない。「ここまで恥知らずな弱い者いじめはなかった…」と。少なくとも自分は長いことそう捉えてきた。

 ところが、事実は違っていた。二十一か条は中国側から持ち出されたもので、「そこまで譲るから、日本は袁世凱を大総統として承認してくれ」という秘密提案だった。何しろ、今日の中台両岸が一致して国父とあがめる孫文の指摘が残っているのだ(『孫文全集 第二編』)。こんな決定打、なぜ戦後も隠されてきたのか。

 その孫文の親友として、新国家、中華民国建設に協力し、あるときは知恵袋を務め、あるときは諸外国との交渉代理人となって、実に32年もの時間を中国に捧げたアメリカ人がいた。ジョージ・ブロンソン・リーだ。リーはもともとエンジニアとして出発したが、米西戦争にジャーナリストとして特派された体験、米陸軍情報将校として第一次大戦に従軍した経験が、彼を公平無比な世界観の持ち主にした。祖国アメリカさえ贔屓目で見ていない。

 リーは孫文の死後、満州国が建国されると、乞われて顧問に就任する。満州族が満州に国を建てるのは当然、と考えたからだ。孫文が率いた辛亥革命で倒れた清朝は、満州族が万里の長城を越えて南下し、漢族を支配した政権だった。皇帝は八旗と呼ばれる満州族の武士階級と漢族の結婚を禁じ、満州の地への漢族の立ち入りも厳禁した。満州国建国当時、満州には多数の漢族がいたが、したがってその多くは、清朝滅亡後の長城以南の混乱を逃れて越境してきた者たちだった。

 リーは説く。ハワイに日系人が多数住むからといってそこが日本でなく、カナダのケベックにフランス系が多数住むからといってそこがフランスではないように、満州国建国時の版図に漢族が多数住むからといってそこは中国のものではないと。

 満州国といえば、歴史教科書に必ず登場するのがリットン調査団。リーはその本質を、国際聯盟加盟国のうち欧州列強による中国利権確保策謀でしかないと見做す。未加盟国アメリカの同調も同じ狙いによる。調査団は、満州国建国を、不戦条約及び9カ国条約違反と断じたが、リーは真っ向から反論した。

 それまでの満州は、張学良らが群雄割拠する無主の地であって、しかも人民は軍閥による過酷な仕打ちで抑圧されていた。抑圧者の排除は不戦条約でいう国家間の紛争ではない。また、満州に対して日本は、日清、日露両戦争後の講和で得た正当な権利があり、その権利のうえに巨額な投資を行ってきた。だから、リットン調査団さえも、そうした日本の満州利権に対する防衛努力の正当性は認めざるを得なかった。

 80年前にリーが著した『満州国建国の正当性を弁護する』の語り口はひどく冷静で観察の対象は広範だ。70年前の東京裁判に証拠申請されたが、却下されている。採用されていたら、敗戦国日本を裁く戦勝国側の根本論拠が崩れていたかもしれない。中国の人口・食料問題、アメリカの当時の対中輸出の多くが実は日本の対米輸出に依存していたことなど、数字を引いて語る。出版から90年たってもおそらく陳腐化しそうもない内容に、あらためて驚かされる。
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