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瑞穂の国の”郷愁”共同体と安全保障

Posted by Ikkey52 on 01.2016 政策   0 comments   0 trackback
 仲間へのリンチ殺人と立て籠もり銃撃戦で昭和史に名をとどめる連合赤軍。その連赤の源流のひとつになった新左翼の小セクト「京浜安保共闘」は、もともと毛沢東主義から出発し、反米愛国なるスローガンに行き着いた。この一見、右翼民族派と見まがうスローガンこそ、実は50年代中期の内灘闘争、砂川闘争から60年、70年の両安保闘争、さらに今日の辺野古に至る様々な反基地闘争を通底する地下水脈だったのではないか、と思うようになった。

 砂川闘争で反対派学生リーダーだった森田実(現政治評論家)らが、対峙する警官隊を前に童謡「赤とんぼ」を唄ったという逸話は、戦後日本の左派にとって愛国とは何だったのか問う上で格好の示唆をくれる。帰結するところは、共同体の土台として天皇(制)に代わるもの。すなわち、瑞穂の国の情緒や原風景に対する素朴な郷愁だったのではないか(郷愁の共同体なる発想自体は、無政府主義結社の農村青年社周辺など戦前にもなかったわけではない)。

 駐留米軍基地は、郷愁の共同体に固有に存在しなかった異物として強く意識された。むろん、基地の向こうには、アメリカに半植民地的隷属を続ける日本政府の姿が見えたはずだ。こうしたナショナリズムの香りがする視座の取り方は、マルクス主義の衣をまとった「アメリカ帝国主義云々」の理屈に比べ、ずっと説得力に富み、大衆の琴線に触れた。同時に、郷愁の共同体は大きな死角も孕む。平和主義に徹する限り、瑞穂の国は大小の国際紛争から超然としていられるかのような幻想だ。かつての社会党が唱えた非武装中立論など典型だ。

 地政学的に見た瑞穂の国は、法治ならぬ人治の国々に囲まれている。中国の領土領海拡張主義はとどまることを知らないし、北朝鮮からはミサイルが不気味に日本を睨んでいる。疑えばきりがないが、プーチンのロシアだって法治とはおよそ呼べず、かなり怪しい。単独の自衛力では到底この国土を守りきれない。

 実際、「世界の警察官」を自認していたアメリカが、その座を降りると宣言した途端、ロシアは素早く動き、ウクライナのクリミア半島を巧妙に自国領に組み入れた。独自の論理で動く国は、顔色を窺う相手がなくなったとき、世界世論などくそ喰らえの狂気を帯びる。
 中国はもっとずっと目ざとい。アメリカ軍のフィリピン駐留の法的根拠だった米比の基地協定が失効し、南シナ海に向けて開かれた海軍基地スービックから米軍が撤退した1992年のタイミングで、力の空白ができるのを見透かすようにスプラトリー諸島進出を開始している。日本国憲法前文にあるように「平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して、われらの安全と生存を保持しようと決意」したところで、世界が軍事力の優勝劣敗で動くのを止められないのが現実だ。

 急迫する一方の国際情勢下で危機感を抱かないほうがどうかしている。「憲法で国家権力を縛るのが立憲主義」との解釈は、遠い昔、法学徒のはしくれだった身として、よく理解できる。だからと言って、国土と国民の生命財産を踏みにじられては、何の憲法、何の平和主義だろう。まして、日米防衛協力のガイドライン改正に伴い、日米の共同作戦を可能にする遠慮がちな法整備が、どうして「戦争法」とか「徴兵制復活」なのか。瑞穂の国の情緒と原風景をこれからも守るためには、米軍という異物とも躊躇なく切り結ぶような腹の据わり方が必要なのではないか。自力防衛を全うする選択肢は、いまのところないのだから。とにかく、きれいごとでは済まなくなっていると感じる。
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