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ノンフィクション『悪魔の飽食』と小説『蚤と戦争』

Posted by Ikkey52 on 09.2016 文芸批評   1 comments   0 trackback
 歴史上の出来事を知ろうとして、政治プロパガンダに出くわすほど、興がさめることはない。また、事実に迫るという一点において、「ノンフィクション」より優れた「小説」も世に少なくはない。 

 戦争中、細菌戦のための人体実験を行っていた関東軍第731部隊の存在が一般に知られるようになったのは、ベストセラーを持つ推理作家の森村誠一が、日本共産党機関紙「しんぶん赤旗」に『悪魔の飽食』をノンフィクションとして連載してからだ(1981年12月~)。衝撃的な内容ゆえ文庫化されると売れに売れ、のちにはシリーズ化も図られた。

 ところが内容に科学的な面から次々と疑義が出た。そもそも、記述全般が、いったい誰の証言かわからないものばかりでは言葉の真の意味で「ノンフィクション」たりえない。また、1928年に中国の済南で起きた邦人虐殺事件の被害者検視の様子を写した一枚が、「人体実験」として掲げられるなど、掲載写真の誤用、流用は、一説によれば35枚中20枚にものぼった。批判を浴び版元の光文社は『悪魔の飽食』を絶版にしている。

 もうひとつ、この『悪魔の飽食』は、執筆した森村が自ら取材に歩いたものではなく、当時赤旗の現役記者であった下里正樹に情報収集をまかせていたことがわかっている。森村は、選挙が近づくと前田武彦、松本清張、山田洋次ら他の常連とともに、赤旗紙上に堂々と「日本共産党を支持します」とコメントを寄せるほど自他ともに認める党同伴知識人だった。つまり、特定政党の歴史観をそのまま反映した著作だったのではないか、という見方にはどうやっても反論しづらい。

 記録文学作家、吉村昭の長編小説に、731部隊を描いた『蚤と爆弾』がある。底本は1970年に『細菌』というタイトルで上梓されており、これは『悪魔の飽食』の発表よりほぼ10年も早い。『蚤と爆弾』は731部隊で何が行われていたのかを描くだけでなく、部隊の創設者であり最後まで絶対的指導者であり続けた石井四郎軍医中将(作中では曾根二郎名)の足跡が坦々と織り込まれている。

 吉村という人は、史実にウソを交えることを徹底的に嫌った作家で、その綿密な取材ぶりに畏敬の念を抱く報道関係者も多い。結果として吉村の文体には会話部分が極端に少ない。何より、特定の歴史観に振り回されない。先の戦争に関わる名作も多いが、あるときぱったりと戦争期を背景にした作品を書かなくなった。なぜか、と問われて、証言者がいなくなったから、と答えていたのが印象深い。

 終戦を40歳の働き盛りで迎えた旧軍人は、吉村が『細菌』を上梓した1970年の時点でまだ65歳。ボケる齢ではない。絶対に実名は出さない条件で、礼を尽くし周到に取材先に向き合うのが吉村の流儀で、そのやり方で重い口を開かせた元部隊員が少なくなかった証拠に、作品の中味はいたって濃い。吉村にとって小説とは、証言者の心理的負担を軽減するためにどうしても必要な表現形式だった。ノンフィクション・ライターの青木冨貴子が石井四郎直筆の終戦ノートを奇跡的に発掘し、一冊の本に編むのは吉村作品が世に出てから実に40年近く後のことであり、その助けなしに、ここまで克明に調べ尽くしているのに驚く。
 
 戦中の軍歴をひた隠しにし、復員後は全国各地に散って息をひそめていた旧部隊員たちが、石井の喉頭癌による死を、どこからか聞きつけ葬儀に参列し、それが終わると、慌ただしく喪章をはずして無言で去ってゆく、というそっけない物語の幕切れは、いかにも吉村昭の味がした。
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2016.02.16 12:49 | URL | 本が好き!運営担当 #- [edit]


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