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アンジェイ・ワイダ「カティンの森」

Posted by Ikkey52 on 07.2011 映画   0 comments   0 trackback
 ヤルゼルスキというポーランドの国家指導者だった男の容貌を、私は忘れない。痩せた体を軍服に包み、神経質な目つきを隠すかのようにサングラスをかけていた。それは、いかにも旧ソ連の衛星国家の元首にふさわしい、ある種のいかがわしさを湛えていた。人民に選ばれたのではない。ソ連共産党指導部の意向で地位を得たにすぎないことが、縁遠い外国人である自分にもひと目で了解できた。ポーランドは、ヤルゼルスキが元首の時代に、旧ソ連のくびきからの解放=東欧革命を経験する。東欧各国のゆらぎに先駆けて、地方都市グダニスクの造船所組合「連帯」の不服従という、特殊な民主革命の道程をポーランドはたどったが、「連帯」のリーダーであるヒゲのワレサよりも、ヤルゼルスキのしたたかな生き残りが私にはすっと印象深い。ちなみにヤルゼルスキは、リトアニアへの亡命者一家の子であり、スターリンによるリトアニア併合でシベリアに追放され、父は追放先で死に、ヤルゼルスキ自身は、そこで課せられた森林伐採作業で目を傷めサングラスが離せなくなったという。流刑者一家の子が操り人形として祖国ポーランドに戻される。凍りつきそうになる逸話だ。映画監督アンジェイ・ワイダは、通称カティンの森で父親を殺されてはいたが、戦後も祖国にとどまり、自分の良心に従って「地下水道」や「灰とダイヤモンド」などの作品を製作し、世に送り出すことができていた。それに比べれば、ヤルゼルスキの体験は、はるかに苛酷だ。

 ポーランドは歴史的に小国ではない。ヨーロッパのなかで、国の規模としてはむしろ大きい。動物に例えれば堂々たる大鹿なのだが、怪力の熊(ロシア)と、爪と嘴の鋭い鷲(ドイツオーストリア)に挟まれた地政学上の不運な位置は、かれらが厚く信心するカトリックの神にも、救いようがなかった。1939年、独ソ不可侵条約の副産物としてポーランドを両国で分割支配する秘密議定書が結ばれた。なんという国家犯罪。ヒトラーとスターリン、両首脳の狂気がしのばれる。

 ソ連領であったカティンの森で殺されたのは、抑留ポーランド軍将校を中心にした4千人余り。駅から連行されるシーンで、将校らが乗せられた漆黒の護送車は、たぶんソ連の都市ではもっと小型であったはずだ。国家人民委員部(NKVD)、悪名高いKGBの前身機関の持ち物だ。それが深夜の団地に止まると、住人の誰かに理由のない死が訪れる。いわれない連行に当然悲鳴があがる。悲鳴を聞いた隣人は息をひそめる。いわゆる粛清というやつだ。スターリンの治世で少なく見ても3千万人が恐怖の中で生を奪われている。

ワイダが描くカティンの森の銃殺シーンは、手と首の縛り方、後頭部への銃撃など、NKVDのやり方を忠実に描く。ああ、ソ連秘密警察がやったんだな、と、分かる仕組みになっている。NKVDは、モスクワ市内の本部地下牢で、同じことを自国民に対して毎日やっていた。ワイダっぽいのは、ナチスの占領軍がプロパガンダの一環として、ポーランド軍大将夫人に対して、カティンの森虐殺事件はソ連の仕業だ、という念書を書かせようとし、夫人がそれを拒む場面が少々乱暴に挿入されていること。ワイダはわかりやすい。世界的名声を得ているのはそのためだ。ワイダは単純明快。加害者は一人ではない、二人いる、と。巨匠黒澤が晩年、子供のころの記憶の再現にのめりこんだように、ワイダは80歳で父の死を直接描かざるを得なかった。もはや、好き嫌いではない。撮らなければ、ワイダではない。21世紀になり、プーチンは旧ソ連の犯罪であることを認めたが、謝罪する義理はないといった。慰霊を一緒にしようと呼んだポーランド大統領の飛行機が墜落して要人らは命を落とした。聞いたこともない異様な出来事だ。殺された将校の霊がやすらかではないからではないか。


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