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古参科学記者が斬る原発再稼働テレビ報道

Posted by Ikkey52 on 21.2015 原発・ジャーナリズム   0 comments   0 trackback
 フクイチ事故発生直後のテレビ報道を思い出すと、各キー局ともこれまで経験したことのない事態に大いに戸惑い、誰がどう的確に解説できるのか、手探り状態だった。時間を経るとスタジオの解説席は、次第にいわゆる専門家、学者に占められていったが、日本テレビの場合、それまでの間を、ベテランの専門記者然とした倉澤治雄がよく埋めていた。

 倉澤は地上デジタル放送開始の前後、日本テレビのメディア戦略部門を担う論客として、あちこちの勉強会などに引っ張りだこで、自分も彼の自説を聞いている。日本の民放では珍しい科学記者出身だとは知っていた。

 3・11の事態をスタジオ解説する倉澤の口調は歯切れが悪かった。誤解を恐れずにいえば、寸止めの連発のように思えた。テレビの記者は新聞と違い、社説社論に束縛されないはずだが、日本テレビには特殊事情があった。局が創業経営者として戴く正力松太郎こそ日本に原発をばらまいた張本人だったからだ。寸止めを連発することによって倉澤は、組織人としてのある種の難局を無事に乗り切ったのかもしれない。

 その倉澤が月刊『GALAC』11月号に川内原発再稼働報道に関するコラムを寄せた。タイトルは、「民主主義を踏みにじる再稼働 記者は『問題意識』を維持せよ!」。その威勢の良さにたじろぐと同時に、組織から自由になったのだな、と感慨が沸いた。論稿の冒頭、倉澤はテレビの3・11報道を振り返り、「事態の深刻さを伝えることが出来ず、『大本営発表』と揶揄された」と記した。自省でないわけがない。そのうえで、各種世論調査を見ても国民の約6割が「再稼働」に反対しているにもかかわらず、強行する政府の姿勢に疑問を呈した。「『原発問題』は、すぐれて民主主義の問題だ」と。

 組織のくびきから解放されたベテラン科学記者の舌鋒は鋭い。川内原発再稼働の日付に注目し、「8月11日は3・11の月命日」だと断じる。そして、わざわざ月命日を選んだ背景に「原発利権集団」のどんな思惑があったのかは、恰好の取材テーマだとした。ほかにも様々な切り口を挙げる。例えば「原発防災」の視点。事故は起きるという前提に立てば、現実に住民を避難させられるのか、誰がそれを担うのか、決死隊となるのは誰か、責任は誰が負うのかなど。また、原子力規制委の在り方にも、切り口を見出す。耐震想定の問題、南九州巨大カルデラ噴火の備え、さらに免震棟やフィルターベント設置の5年猶予の問題などだ。

 再稼働した夜のテレビ各社のメイン・ニュースを概観した倉澤は、NHKのニュースウォッチ9を激賞し、「ほぼすべての切り口を網羅していた」と評価した。次いでテレビ朝日の報道ステーションについて、「再稼働に関わる問題のかなりの部分をカバーした」と讃えた。一方、古巣の日本テレビ、NEWS ZEROに関しては、最大の課題は避難計画と核のゴミ処分だと解説しながら、「核のゴミ処分がなんであるかについては触れられなかった」と苦言を呈した。その上で倉澤は「こうしたニュースも、翌日からはほとんど伝えられることがなかった。これがテレビの限界なのだろうか?」と自問し、「問題意識を持ち続ける記者を育てねば」と指摘した。

 しかし、倉澤も熟知しているように、昨今のテレビ局、特に民放では、ゼネラリストの育成が叫ばれ、スペシャリストは軽視されがちだ。報道部門も頻繁な人事の波に洗われ、人の出入りが激しい。ニュースから継続性が失われているのは、編集方針がマーケティングに傾き、主体性を失っている証拠でもある。原発再稼働報道であぶり出されたのは、未解決の課題を満載して見切り発車する危うさのみならず、テレビジャーナリズムそのものの危機だったのかもしれない。
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