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記者はなぜ東条英機の口の中を覗けたか…「むのたけじ 100歳の不屈 伝説のジャーナリスト」 

Posted by Ikkey52 on 14.2015 テレビ   0 comments   0 trackback
 在野のジャーナリスト「むのたけじ(武野武治)」といえば、あえて解説してみせる必要もない反戦思想の鬼だ。終戦の日、勤務先の朝日新聞をきっぱりやめた。よく「記者としての戦争責任を感じて」と但し書きがつくが、実際には「何も考えていなかった」と武野。ただ、昨日までと同じ紙、同じインキで、同じ新聞を刷って、果たしてどんなものが出せるか、想像がつかなかったとも回想する。

 NHKがETV特集「むのたけじ100歳の不屈 伝説のジャーナリスト 次世代への遺言」と題してドキュメンタリーを編んだ。ほぼインタビューの力強さだけで、これだけ番組をひっぱることができるという見本のような一作だった。

 足と目は弱っているものの、武野の頭脳は明晰そのもの。歯はとっくにないが、滑舌・発音ははっきりし、声量も衰えない。堂々たる健啖家でもあった。耳も悪くないようで、朝日に転じる前の報知新聞記者当時の昭和15年、自ら衆院本会議場の記者席で直に聞いた斎藤隆夫のいわゆる反軍演説の録音に聞き入る。すでに軍部に完全屈服していた立法府で、猛烈なヤジのなか、ただひとり選良としての矜持を貫いた人物について、「自分と同じくらい背の低いジイさんだった」と、20代半ばの率直な受け止めを何ら粉飾することなく、そのままサラリと語ることの出来る100歳。武野の観察眼は地べたを這う社会部記者の真骨頂だ。
 
 政権を担っていたころの東条英機は、人々の暮らしぶりを確かめようとして、ときどき庶民の街を歩き回った。視察先で武野が東条の話に耳をそばだてると、言葉が聞き取りにくい。調べると入れ歯の不具合らしいとわかった。こぼれ話風の記事にしたところ、さっそくその筋から「書いた記者は誰だ!」と怒鳴り込まれ、呼び出しをくらった。出頭すると激怒した東条本人が出てきて、口を開けて見せる。入れ歯の具合は上々だ、ウソを書くな、というわけだ。武野のユーモラスな回想から、万事に遊びというものがなく、四角四面にしか物事をとられない東条の一面がわかる。

 戦時中、記者として北支に特派された。日本軍政下のインドネシアにも駐在した。北支では中国人の抵抗精神の不屈を見、インドネシアではアジア解放のお題目のまやかしを知った。秋田の田舎では、夫の名誉の戦死を知らされたばかりの妻にコメントを求めるような残酷な役回りも務めた。本社では東京大空襲の壊滅的惨事に「被害僅少」と見出しを立てる新聞社の退廃も噛みしめた。そうした体験をひっくるめて背負いながら武野は、戦後、郷里の秋田で週刊新聞「たいまつ」を出し続けた。「あなたは自由をまもれ。新聞はあなたをまもる」をスローガンにして。

 番組は各地で武野が行った講演の様子を横糸に使った。どれも熱弁で聴衆が引き込まれているのがよくわかった。特に武野の反骨の原点が、軍国主義行事にマチの医師がすべて駆り出されてしまい、すぐに手当が必要な3歳の長女の命を救えなかったことだ、という話は胸に迫った。
  
 番組に朝日新聞元記者の河谷史夫が唐突に二度ほど登場し、コメントを述べるシーンがある。『新聞記者の流儀 戦後24人の名物記者たち』の著者だったからだろう。ノンフィクション番組の作り手は取材準備として様々な文献資料を渉猟する。この本もそのひとつで、制作者として感じるものがあったのだろう。だからといって、本の著者インタビューの挿入が、全体構成のなかで調和するとは限らないのがドキュメンタリーづくりの奥の深いところ。せっかく取材したものも没にする勇気が、作品の完成度を高めることなど、この番組の制作者ならとっくに知っていたはず。その一点だけは惜しまれてならない。
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