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反安保法案デモの街頭エネルギーを反原発のうねりへ!

Posted by Ikkey52 on 21.2015 政策   0 comments   0 trackback
 香港で人々が民主主義的な選挙を求めて大規模なデモを組織しようと、台湾で学生たちが中国に屈服的な法案に反対して国会を占拠しようと、日本では権力の心肝を寒からしめる大衆運動などもう二度と起きない、と実のところ諦めていた。ところが、反安保法案デモの広がりは、自分の悲観を大きく裏切ってくれた。安全保障法について、見解を異にする自分も、大衆エネルギーの顕在化が確認されたことは収穫だと思う。

 安全保障法に対する自分の考えは以下の通りだ。
 法的安定性を言うのなら、新憲法発布当時の日本政府はそもそも自衛軍(自衛隊)の保持さえ想定していなかった。丸裸の非武装状態が、本来の立法趣旨だ。にもかかわらず、昭和25年、政府は自衛隊の前身である警察予備隊を創設する。GHQに命じられたので抗えなかったとはいえ、法的安定性は憲法発布からわずか3年足らずで失われた。以来、違憲論議のターゲットだった自衛隊の存在は、いまや国民に広く認められ、かといって、時々の与党は、票を逃がすのをおそれて、憲法改正論議に本腰を入れかねてきた。

「集団的自衛権は認められているが、行使できない」という従来の政府答弁は法的安定性の欠如を糊塗するための屁理屈だったが、冷戦下でアメリカの戦争抑止力を頼むことができる限りにおいては、日本に実質的な不都合はなかった。しかし、冷戦が終わり、アメリカが戦争抑止に関わる経費、人員を削減するのと反比例するように、中国が軍事大国化し、覇権主義的傾向を濃くした。共産党一党支配を終わらせたロシアはプーチンの独裁を許して、内にあっては言論統制を復活させ、外に対しては隣国ウクライナの領土を侵し居直るなど強面を続ける。中東では国家統治が不能となり、旧来の戦争抑止力が働かない地域が増えて、難民流出が止まらない…。事が起きてから、特措法をいちいち国会審議しているわけにはいかないので、「限定的に集団的自衛権は行使できる」と解釈は変わった。もちろん国会審議では、例のホルムズ海峡機雷除去の例示をはじめとして、政府答弁に少なからず疑念や詭弁が見て取れた。しかし、大切なのは国会チェック機能の中身だ。

 少なくと戦後の日本が享受してきた平和は、アメリカという第三国の軍隊に多くの基地を提供し、事実上の治外法権まで許して保持されてきた「植民地の平和」だったのであり、その矛盾は日本一米軍基地が集中する沖縄をいまも苦しめている。同時に「植民地の平和」は冷戦の副産物として現出したもので、冷戦が終われば変化を迫られるのが当然だ。「戦争はいやだ、平和がいい」と叫ぶ人たちの安全もまた、武器と兵力抜きには守れないという冷徹な現実まで、今回の反安保法案大衆運動が果たして掬い取れていただろうか。

 新法は違憲、というのであれば、違憲立法審査権を持つ最高裁判所に判断を求めればいい。三権分立のもとで、最高裁にノーといわれれば立法も動かざるを得ない。「憲法学者の大半が違憲だといっているから」と訴えるだけで、政府の方針が変わるわけではない。ただし、過去の反米軍基地訴訟の経過を踏まえると、最高裁が違憲立法審査権を行使する可能性は相当低い。「原告には訴えの利益がない」と門前払いにするか、統治行為論を持ち出すかだろう。統治行為論というのは、国家統治の基本となる高度な政治性ある問題に限っては、司法判断の対象から除外するという考え方。国あっての憲法であり、憲法あっての国ではない、ということだろう。

 安全保障法には全部といわないまでも一部の理がある、と考える自分だが、国の原発政策には一部の理もない。反安保法案デモで示された大衆エネルギーのうねりを、反原発、脱原発の流れにどう転化させていけばいいのか、いまこそ真剣に考える時だと思う。
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