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テレビ減災報道のおためごかし

Posted by Ikkey52 on 17.2013 防災   0 comments   0 trackback
 季節外れの台風26号で、伊豆大島では土石流が発生し、多数の死者が出た。火山の島で住民の防災意識は特に高いはずだが、それでも予想外の大被害が発生した。なぜ避難勧告を出さなかったのか、と町役場の責任論が取りざたされているが、人知には限界があるのもまた事実だろう。

 生まれつきの天邪鬼だからあえて言うが、このごろの減災報道はちょっとしつこくないか。テレビニュースを見ながら、またか、とうんざりすることがある。震源地はどうやらNHKのようだが、民放各社も右へならえして久しい。台風が接近しようものなら、全国ニュースという全国ニュースがそれ一色に塗りつぶされる。世の中に「強まる風雨」以外の出来事はなにもないかのようになってしまう。まるで「ニュース全体主義」だ。

 報じられる中身についても気になっている。事実として我々の予想を超えた強い風や猛烈な雨が中継画面に捉えられているのなら、それはそれで視聴者に警戒を促す意義はあるが、たいして風雨が強くもないのに、現場のレポーターがスタジオにいる仕切り役の思い込みに迎合してしまい、中継先の実情と違う大袈裟な伝え方をするのが目に付く。
 「風」の強さを映像で表現する場合、ちぎれんばかりに翻る旗を見せる手法があるが、そのバリエーションとして、レポーターが少しゆったりめの服をあえて着てカメラの前に立つ場合がある。演出上のちょっとした工夫だが、それに対して、マイクを握った人間がわざと体を揺らしてみたり、かがみこんでみたりするのは、もはや演出ではなく演技の領域だ。事実を曲げている。そもそも、視聴者は日本の報道機関が自社の記者に対して、危険が伴う場所には絶対近づくな、と教育しているのを知っているから、誰も命がけで取材しているとは思わないし、逆に、つまらない小細工だと簡単に見抜き、しらけてしまう。こんな傾向が続けばテレビニュース全体への信頼感は失われる。ジャーナリズムの倫理としても、危ないことが流行っているな、と感じる。

 「減災はお上のキラーコンテンツ」という皮肉を聞いたことがある。3・11以降この国では、「減災」がある種、錦の御旗になっているのだ。お上から「災害を減じる方向でマスメディアとしての役割をもっと担え」とハッパをかけられれば、NHKと民放は逆らえない。NHKは予算承認権を国会に押さえられているし、民放は事業免許を総務省に握られているからだ。
外圧だけではない。減災報道の面積拡大ということに限ってみれば、メディアとしての王座をSNSに脅かされている既存のテレビが、「災害時にはなくてはならない公共インフラだ」と再認識してもらうことによって、生き残ろうとする計算も見え隠れする。

 3・11の大津波災害では、「警報慣れ」の問題も指摘されていた。危ない、逃げろ、と頻繁にいわれたものの、結果として実害が出ないケースが続けば、人々の危機感は次第に摩耗するのが道理だ。警報、警告の送り手が、いわゆるオオカミ少年と見られてしまっては元も子もない。自然の驚異に対する警鐘を、何度も、強い調子で鳴らすことは、実は両刃の剣になっていないか、と自問してみる謙虚さがテレビのニュース担当者にいま求められていると思う。
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