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空費されたデータと時間…フクイチ訴訟の判決相次ぐ

Posted by Ikkey52 on 28.2018 原発   0 comments   0 trackback
 2011年3月の福島第一原発事故から7年。事故は人災だとして東電や国の責任を追及する集団訴訟は全国で約30件を数え、判決も7件が下りた。これらの訴訟の争点のひとつは、「東電が巨大津波を予見できたかとうか」だが、国が被告になっている5件中4件で、予見可能性が認定された。月刊誌『グリーン・パワー』2018年6月号の記事「環境ウォッチ」の指摘から拾ってみる。

(2012筆者撮影・大震災で焼失、流出した石巻のかつての住宅密集地)

 責任論を探るには、津波の高さに関する論議の推移をたどるのが判りやすい。
 02年3月、すなわち大震災の9年前、東電はフクイチに関する津波想定高を5.7メートルに引き上げた。ところが同年7月、政府の地震調査研究推進本部が「大津波を伴う地震の可能性がある」との立場から長期評価を発表、東電はこれに基づいて津波規模予想の再検討を迫られた。 
 外部委託していた再検討の結果が出たのは08年3月、すなわち大震災の3年前だった。津波の最大高は15.7メートルになるという。それまでの東電の想定の3倍だ。「津波想定最大高15.7メートル」というショッキングな数値は、同年6月の東電社内会議で報告、共有された。
 東電で津波対策を検討する部署にいた技術者が東京地裁の法廷に証人として立った。証言によると、東電内では当初、新しい数値に基づいて対策をとる新方針が確認され、他の電力会社も東電に追随する方向だった。たが、東電は翌月の会議で「会社は長期評価をとりあげない」と方針を突然ひっくり返した。戸惑う他電力に東電は技術者を走らせ方針転換を説明して回ったという。 証人は当時の気持ちを法廷で問われ、「力が抜けた」と答えた。
 「縮小版(by IATA Imagebank)
 08年の夏ごろの東電は、前年の中越地震で多くの原発が止まり、支出を惜しんでいたらしい。経費抑制の目的で低い想定高を前提に工事案を練り、09年6月ごろ国の原子力安全・保安院に提出する予定だったが、延期された。やはり「15.7メートル」は無視できなかったのだろう、当初方針通りの対策案を正式に保安院に提出したのは、震災のわずか4日前だった。3・11当日、フクイチに到達した津波の最大高は15.5メートル。もし、東電が安全を経営陣の保身の犠牲にすることなく、「15.7メートル」という数値を得た段階で、誠実に行動を起こしていたら、フクイチ施設が地震の揺れにやられることはあっても、全体のダメージはもっとずっと小さくなったと思われる。

 「誰も予想できない巨大津波が来て、仕方なかった」という言い訳は、あの日、我々がテレビに映し出される生々しい映像に言葉を失った当時なら、説得力を持ったかもしれない。しかし、民事訴訟の進展に伴って、東電や国の化けの皮は剥がれた。「対策をとるデータも、時間もたっぷりあった」と判ってしまえば、もはや責任逃れの言葉としか響かない。 
 
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Author:Ikkey52
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父方は、奈良十津川郷系+仙台伊達藩亘理系。母方は東三河豊橋系+肥前鍋島藩系+加賀藩系

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