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ラブストーリーとしても読める『郵便配達は二度ベルを鳴らす』

Posted by Ikkey52 on 24.2014 文芸批評   0 comments   0 trackback
 「20世紀アメリカ 犯罪小説の金字塔、待望の新訳」という惹句が本の帯に踊っている。思わせぶりなタイトルが印象深い『郵便配達は二度ベルを鳴らす』は、過去に何度か映画化され、そのうち最新(といっても、調べると1981年公開)のジャック・ニコルソン版には微かな記憶があるものの、原作小説を手に取ったことはなかった。田中小実昌、小鷹信光といった著名翻訳家による訳書もあったようだが、すべて絶版となり、簡単には読めなくなっていた。ところがどんな風の吹き回しか、今年に入り新訳本が2冊立て続けに上梓された。光文社古典新訳文庫版は池田真紀子の訳だった。

 大恐慌から間もない時代のアメリカ・カリフォルニア。文無しの流れ者フランクは、腹を空かせて立ち寄った安食堂で、人のいい主人のギリシア移民ニックから、併設するガソリンスタンドで働かないかと誘われて、断る理由もない。食堂の厨房を切り盛りしているのはニックの若い妻コーラだったが、夫を生理的に毛嫌いしており、フランクからちょっかいを出されると、抵抗なく応じ、二人はいい仲になる。ニック殺しはコーラの発案だったが、入念に計画を立てたのはフランクだった。完全犯罪を狙って交通事故を装い、首尾よくニックを殺したフランクとコーラだったが、辣腕検事のサケットに怪しまれ、犯罪が露見する寸前まで追いつめられる。サケットの天敵を自認する老練な弁護士カッツが2人の側についてくれたため、大逆転で嫌疑は晴れたかに見えたが…。

 世の中、好事家はいるもので、『郵便配達』の過去の日本語訳を引き比べて薀蓄を傾けるブログがあった。
http://blog.goo.ne.jp/issatsu/c/7629b4612558f59d2fdbeedc1f466176
ブログ氏は、池田訳について、「主人公のフランクが物語の進行と同時に語っているのではなく、物語が終わったところから回想形式で語っているという感じが強い」という。たしかに『郵便配達』は、全体がフランクの手記になっている。

 一人称、倒叙の形式は、いわゆるハードボイルド小説では珍しくないが、池田訳版の解説にあたった諏訪部浩一によると、『郵便配達』はノワール小説に分類される。ハードボイルドとノワールの違いは、前者が主人公のタフな活躍によって読者に複雑な現実をいっとき忘れさせるものだとすれば、後者はデリケートな現実のなかで主人公のもがき苦しみを読者に共感させようとするものだ。

 フランクは終始ニックに好感を持っており、なぜ殺したのか、自分でもわからない。あえて言えばコーラを愛したからだが、ではなぜ、コーラを愛したのか、その理由も明確でない。結果として、フランクがコーラと出会わなければ不幸な目に遭わずに済んだのだが、不幸な目に遭ったあとになってもフランクはコーラとの出会いを後悔していない。作品のタイトルにひっかけてあえてこじつければ、郵便配達の一度目のベルは「クライムノベル」として響き、二度目は「普遍的ラブストーリー」として鳴っているのかもしれない。
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Author:Ikkey52
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父方は、奈良十津川郷系+仙台伊達藩亘理系。母方は東三河豊橋系+肥前鍋島藩系+加賀藩系

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