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石原伸晃「最後は金目でしょ」発言は虚妄なのか?

Posted by Ikkey52 on 20.2014 原発・ジャーナリズム   0 comments   0 trackback
 石原伸晃環境相が、福島第1原発事故の除染で出た汚染土の中間貯蔵施設建設に関して「最後は金目でしょ」と発言したとして、メディアの袋叩きに遭い、危うく大臣の椅子を棒に振るところまで攻め込まれた。いや、衆参両院の与野党勢力分野をあらためて見回せば、クビを取られる状況でもなし、そこそこ殊勝な態度を示せば、人の噂も七十五日で切り抜けられると踏んでいたのかもしれない。

 この人、若くして党幹事長や政調会長といった重要ポストを経験したためか、他人の評価はともあれ自分なりに大物意識を抱いているらしく、本音を隠すことにそれほど神経を使わない。近頃の政治家がいい人ぶることに熱心で、二重三重の丁寧語、尊敬語、謙譲語で厚化粧し、めったに本音を見せないのに比べると、正直といえば正直なのだ。政治家として二枚舌よりずっとましだと、個人的には思う。

 むろん中間貯蔵施設の立地は、放射性物質の拡散防止という観点から、事故を起こした福島第1原発の近隣を想定するしかなく、したがって立地予定地周辺の住民にとっては迷惑の上塗りということになる。ひとたび原発事故が起きれば、被害と迷惑は代を継いで続くという典型だが、その点についてはあえて今は触れない。

 さて、マス・メディアは「最後は金目でしょ」発言になぜ大騒ぎしたのか。雑駁にまとめると、原発事故で人生を狂わされた多く人たちを侮辱するもので実に無礼であり、こうした発言を看過することは、社会的正義を追究するわが社の基本姿勢に悖る、ということなのだろう。だが、無礼かそうでないかを決めるのは情報の受け手である私たちだ。本来、マス・メディアの役割は情緒に乗っかって騒ぐのではなく、石原発言が事実と突いていたか否かを検証することではないか。なぜその役目を怠るのか。

 今あえて問う。「最後は金目」でなくて、どうして原発のようなとんでもない迷惑施設が五十数か所も、地震の巣のような日本列島にばらまけたのか。最初は絶対反対が絶対多数だった原発予定地周辺の声が、なぜ徐々に変化するのか。気づけばいつのまにか地元村議会、町議会は賛成派が多数を形成しており、農協、漁協では意見も割れて険悪な空気になり、あくまで反対を貫けば村八分状態に置かれる気配もあり、やがて表立って反対を表明できなくなり、そのうちに諦めの気持ちが強まり、原発立地が既成事実化する。そうした光景だらけだったのであり、「最後は金目」で先祖代々の農地が打ち捨てられ、磯や沿岸の漁業権が売り払われてきたのは、厳然たる事実だ。

 中国をはじめとして外国に少なくない露骨なわいろ体質を笑うのは易しいが、日本各地の辺境に住む庶民の多くは結局は金目に転んできたのではないか、といわれても反論できない道義の退廃状況があったろう。ただし、辺境にも信念を貫き反対論を翻さなかった人たちもいた。彼らは体を張り、あるいは議会に働きかけ、あるいは自分たちが共鳴できる人物を自治体の長に推すなどして、原発立地を阻止していった。調べてみると、原発計画を覆させるほどの力を持った地域は、新潟の巻、福島の浪江・小高、三重の熊野・海山、和歌山の那智勝浦、鳥取の青谷、山口の上関、高知の窪川、大分の高山・蒲江など、必ずしも少なくなかった。闇夜に光明を見る思いがする。

 原発関連施設の立地の是非判断について、日本人が「最後は金目」に転ばなくなること。それこそが、なにより効果的な石原発言批判だと思う。
  

プロフィール

Ikkey52

Author:Ikkey52
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父方は、奈良十津川郷系+仙台伊達藩亘理系。母方は東三河豊橋系+肥前鍋島藩系+加賀藩系

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