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最年少知事はいかに鍛えられたか…巨大原発抱える新潟で

Posted by Ikkey52 on 31.2013 原発   0 comments   0 trackback
 「福島の子どもたちの甲状腺異常は新潟の40倍」、「原子力規制委員会が守りたいのは、(国民の安全ではなくて)電力会社の財産ではないか」、「緊急時に誰が決死隊になるのかなど、日本では全く決まっていない」、「東電まかせではまた事故が起きる」…。

 なにも熱心な反原発活動家の発言ではない。れっきとした新潟県知事、泉田裕彦が週刊朝日のインタビューに答えたものだ。泉田は、東電柏崎刈羽原発の早期再稼働に向けて理解を求めに来た東電社長を追い返したことから、一躍名を揚げた首長だ。いまも新潟県には5千人ものフクシマ避難民の人たちが身を寄せている。彼らからすれば、心強くもあるだろう。インタビューで特に印象深いのは免震重要棟の話だった。

 「2007年の中越『沖』地震の揺れで、柏崎刈羽原発3号機で火災が発生し、消火用配管もやられた。原発と地元消防署の間は非常用電話で結ばれていたが、使えなかった。電話機を設置していた緊急時対策室の扉が歪み、入室不能になったためだ」。これを受け、泉田は「東電に強く働きかけ」、柏崎刈羽原発に免震重要棟の設置を全国の原発で最初に実現させた。「東電は福島第一、福島第二にも免震重要棟を設けることにしたのだが、その運用開始は大震災・大津波の8が月前」。いうまでないが、フクシマ事故で免震重要棟は、福一の所長以下、最前線で事故対応にあたるスタッフが大挙して立てこもった、現地にただ一か所しかない要塞兼司令塔。「もし福島第一の免震重要棟設置が3・11に間に合っていなければ、東京は人の住めないところになっていたかもしれない…」。

 泉田が全国最年少の42歳で知事の座に就いたのは、中越「沖」地震の3年前。くしくも内陸直下型の中越地震が就任前日に発生し、初登庁直後から余震対応と被災地復旧、原発の安全確認などに追われた稀有な経験を持つ。ガツンとやられた感じがしたはずだ。そのうえで遭遇した07年の中越「沖」地震では、7基の原子炉を連ねる世界最大の柏崎刈羽原発から上がった火の手が、初期消火不能という危機一髪に陥った。この異常事態をもって、日本の原発安全神話崩壊の日と捉える人さえいるわけで、泉田は立地自治体の長として蒼ざめたに違いないし、日本の原発を取り巻く、いい加減な設計思想、おざなりな安全基準や法整備の遅れを否応なく思い知らされた。
 
 実際、中越「沖」地震後、読売新聞の「論点」(2007年10月31日)に次のように寄稿している。
 「地震発生後、テレビは原発3号機の変圧器から黒煙が上がる異常事態を映し出していたが、現在の制度では、国から自治体や住民に情報を伝える仕組みはない。〈中略〉トラブル隠しやデータの改ざんなど、度重なる不祥事で信頼を失っている事業者に、ここまで(国への報告、自治体への通報、危険の判断:引用者註)求めるのは疑問を感じる」。この一文はいまでも泉田の個人HP内で見ることができる。
http://home.r00.itscom.net/izumida/contents/niigata/yomiuri_genpatsu20071031.htm

 泉田自身は、原発推進の旗振り役である経産官僚の出だ。反原発論者なのか、との記者の問いには、「最初から結論を持って臨んでいるわけではない」と言葉を選んだが、「核燃料サイクルが機能しなければ、エネルギー源としてのウランは数十年で枯渇するから、賛成反対を云々しても無意味だ」と続けた。核燃料サイクル計画の破綻は世界的に自明だから、資源エネルギー庁勤務の経験もある元官僚の「答弁」としては、なかなか「おつ」かもしれない。
 ちなみに、この知事殿、自分のfacebookに「週刊朝日のインタビューを受けた」と書き込み、さりげなくPRしているから、記事の出来にはかなりご満悦とお見受けした。
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Author:Ikkey52
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父方は、奈良十津川郷系+仙台伊達藩亘理系。母方は東三河豊橋系+肥前鍋島藩系+加賀藩系

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