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途絶えた航跡…万景峰92号のこもごも

Posted by Ikkey52 on 25.2013 北朝鮮   0 comments   0 trackback
 国交のない日本と北朝鮮を結ぶ海の動脈だった貨客船、万景峰92号が、対北全船舶入港禁止のあおりで日本の港から姿を消してから、この秋ですでに7年が経つ。「92」というのは浸水年を示し、1992年に金日成主席80才を祝って在日の経済人士らの寄付で建造されたとされる。この万景峰92号に乗船できたのは貴重な体験だった。
 定員350人とされている船は、5-6階建てのビルに相当するほどの高さがあった。喫水線近くの倉庫部分はかなり広いスペースがあり、船に詳しくない自分はそれだけでも驚いたが、船の全長を考えれば、目にできた倉庫部分も一部に過ぎず、奥にはさらに船室がありそうだ。迷い込んだふりをして奥に進みかけたところ、乗組員に見咎められ追い返されたが、万景峰92号が北朝鮮工作員の「動くアジト」としての機能を持ち、輸出規制品の密輸や多額資金の受け渡し現場に使われてきたことについては多くの証言がある。
 食堂、客室などは一般的なつくりに見えたが、船内設備のかなりの部分は日本製と見られる。実際、トイレのパイプや、救命ボートをつるすロープなどに、日本のメーカーの名があるのを確認した。

 万景峰92号は未明のうちに目的地である元山の港外に達して投錨し、夜明けを待つ。デッキに上がってみると、親戚訪問とみられる年配者が何人も陸を見つめていて、なかには涙を流している人もいた。心中を察した。日本人拉致はもちろん大罪だが、帰国事業という名で在日家族を半強制的に離散させたやり方も卑劣極まりない。ふと気づくと、元山の方向には林立する高層ビル群が見え、しかも不夜城のように明かりをともしているではないか。我が目を疑った。そのわずか数年前、北朝鮮全土を覆った深刻な食糧難のため、日本海側の拠点都市である元山でさえ、市内のあちこちに行き倒れた餓死者の遺体が放置されていた、との情報を持っていたからだ。

 入国審査は、厳めしい建物の中ではなく、船が接岸した埠頭の露天で行われた。取得していったビザは、パスポートにホチキス留めされた小さな紙片だった。「北」を出る際に紙片ごと取り上げられてしまうので、パスポートには日本国の出入国スタンプが増えるだけで、日本と国交のない国に滞在した痕跡は直接残らない。埠頭は閑散としており、94年に同船の客が目撃したという出迎えの親族や乞食の子どもの姿はなかった。

 巨大な金日成銅像が建つ元山の埠頭広場を散策する時間は与えられず、バスに乗せられた。ピョンヤンまでの高速道路が不通になったアクシデントのせいで、バスは田舎道を辿るのだが、元山の街を出る峠近くで、例の高層ビル群を真横から観察できるポイントに遭遇してしまった。これは「北」側が悔やんでも悔やみきれない計算違いだったはずだ。なぜなら、高層ビルに見えたのは、実は単なるコンクリートの壁で、その壁にいくつも穿たれた窓大の穴の一つひとつに裸電球がぶら下がっているだけ、という事実がバレてしまったからだ。とっさに、「張子の虎」という言葉が浮かんだが、いわゆる案内員と呼ばれる監視者たちに恥をかかせても仕方がない。ただ吹き出しそうになるのを我慢するだけだった。

 あとさきになったが、万景峰92号の食事は、美味とはいえないにしても、飽きが来ないように工夫された心づくしのもので、接客スタッフたちも懸命にサービスに努めていた。外国行き貨客船の乗組員に選ばれること自体、エリートの証しだろう。船内で乗客は歌唱指導を受けさせられたが、熱心に励んだお蔭で、いまだに北朝鮮の国民歌謡の何曲かが耳に蘇ることがある。

  

プロフィール

Ikkey52

Author:Ikkey52
ジャーナリスト 札幌生まれ
父方は、奈良十津川郷系+仙台伊達藩亘理系。母方は東三河豊橋系+肥前鍋島藩系+加賀藩系

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