FC2ブログ
Loading…

重厚極まりない「大人の成長小説」…横山秀夫『64』

Posted by Ikkey52 on 28.2012 文芸批評   0 comments   0 trackback
 ビジネスマンか、それとも学生なのか。キリリと締めたネクタイとピーコートがよく似合うイケメン青年が、地下鉄のつり革に掴まりながら、隣りの同僚らしい女性への受け答えもそこそこに、分厚い本を一心不乱に読んでいる。ベストセラーの構図だ。

 ずいぶん待たされた。『震度0』以来7年ぶりだそうだ。横山秀夫の新作『64(ロクヨン)』。日本の文壇で「警察小説」は、すでにひとつのジャンルを成しているが、自分はもう長いこと、この分野で横山秀夫の作品にしか興味が持てなくなっている。リアリティーが圧倒的だからだ。警察官も生身の人間。派手にドンパチやっている姿はほんの一面にすぎない。物理的暴力を国家に許された組織ゆえに、厳格な規則に縛られる構成員たちの、思いがけず人間くさい部分を、若いころの取材活動を通じて、垣間見たせいもある。彼らは、マンモス官庁の歯車として日々激しい競争を強いられて気が抜けないし、親会社(本庁)から落下傘で下りてくる年若い出向者(キャリア組)を「上司」として奉り、仕える軋轢もある。似た階級の同僚たちと同じ官舎で暮らさなければならない家庭生活もストレスがたまるし、当たり前だが、親として、子として、夫として、妻としての苦悩も抱えている。

 D県警警務部広報官の三上は、刑事畑出身のため、本籍の刑事部と反りの合わない警務部への配属に違和感を覚えている。しかも、ありふれた交通事故で第一当事者の女の名前を公表するなと上司から命じられ、釈然としないまま匿名の事故メモを記者室に掲出したところ、県警記者クラブ一同から猛反発を受け、険悪な空気は一向に収まらない。
 そんななか、全国二十数万の警察組織のトップ、警察庁長官が来県する、と突然上司から知らされ、広報官としてその地ならしを命じられる。本庁の書いたシナリオでは、14年前に起きて未決になっている身代金目的幼児誘拐事件の現場を長官が視察したうえ、被害者宅を慰問し、地元記者からぶら下がり取材を受けることになっている。事件発生当時、三上は被害者の自宅班のひとりとして捜査に関わっており、婦警だった妻の美那子も、身代金受け渡し場所の張り込み要員だった。だから、捜査の行き詰まりや、専従捜査班の縮小も聞いている。そんな迷宮入り濃厚な事件のために長官がやってくる真の目的な何か、三上は多いにいぶかる。
 ともかく時間がない。遺族に長官の慰問を受け入れてもらうこと自体難題だし、県警に対決姿勢を強める記者クラブにいたっては、交渉カードとして長官のぶら下がり取材のボイコットを持ちだす始末。いったい懐柔策はあるのか。
 一方、私生活でも三上は深刻な問題と直面していた。高校生の一人娘が、自分の顔が嫌いという心理が昂じて神経症の一種である「身体醜形障害」を発症、登校拒否を続けたが、三上の叱責が引き金となって家を飛び出し消息がわからない。妻の美那子は心を病みかけ、家にかかってきた無言電話を娘からの連絡と信じて家に引きこもり、ひたすら電話を待つ日々だ。父として娘の身を案じつつ、同僚に娘を探してもらっているという警察一家の一員としての負い目も三上を苛む…。
 
 『64』には『陰の季節』や『鞄』などD県警ものには欠かせないなつかしいキャラクターも登場する。警務部のエースで「陰の人事権者」の二渡調査官は凄みを一段と増し、高校剣道部、警察学校を通しての同期である三上を翻弄するし、三上の仲人親だった元刑事部長の尾坂部は天下り先からも退き、病気療養中の身で頼りにならない。実際に身近にいた警察官たちの消息を教えられているようで、自分は何度か不思議な気持ちにとらわれた。
 3年前に一度出版寸前までいった『64』を、横山秀夫はもう一度版元から持ち帰って推敲を重ねたという。記憶障害、ウツ症状と闘いながら、そこまでやったからなのか、超細密画のような迫真性は、並みの小説になかなか宿るものではない。期待にたがわず、長い空白を埋めるにふさわしい超力作だった。しかし、単なる警察小説を読むつもりならば、正直しんどい。一種のビルドゥングスロマン(成長小説)になっているからだが、思春期の少年少女ではなく、警察組織の中堅管理職が罹患する “心の成長痛”は、想像を絶するほど激しく、身につまされる。重量級のパンチでめった打ちされたような読後感、と言うしかない。
  

プロフィール

Ikkey52

Author:Ikkey52
ジャーナリスト 札幌生まれ
父方は、奈良十津川郷系+仙台伊達藩亘理系。母方は東三河豊橋系+肥前鍋島藩系+加賀藩系

ショッピング

トラベル

オークション

最新トラックバック

ラビリンス

デラシネ通信

ブログランキング

ブログランキング

検索フォーム

ブロとも申請フォーム

QRコード

QR