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東海村村長が断じる「一炊の夢」

Posted by Ikkey52 on 26.2011 原発   0 comments   0 trackback
 またひとつ、中国の故事を教えられた。「一炊の夢」。人の世の栄枯盛衰など所詮儚いものよ、といった意味である。様々なメディアへの発信を通して教えてくれたのは、あの東海村の村長だった。
 日本初の「原子の火」が灯り、原子力関連施設が集中する東海村。「原子力立国」のシンボルでもあったこの村の村長が、福島の悲劇を目の当たりにして脱原発の声をあげている。

 村上達也氏は地元の銀行員から1997年に東海村村長に転身。99年、村内で約600人が被曝した核燃料加工会社JCOによる臨界事故が起きた際は、国や県の指示を待たずに、人命第一の立場から村独自の避難を実行した。この避難は、国内の原子力事故でははじめてのもので、安全神話の信奉者たちの目には苦々しいものに映ったようだ。
 巨額の原発マネーで潤ってきた村では、「金のなる木」東海第二原発の老朽化を想定して、新たな収入源確保に向けた新規原発の誘致を求める声が上がった。しかし、村上村長は同調しなかった。そして3・11を迎える。

 あの日、東海第二原発も大きな揺れと津波に襲われた。原子炉は緊急停止したが、3系統の外部電源すべてが遮断され、非常用電源も3系統のうち1系統がダウンしていた。しかも防潮堤の高さまであと70センチのところまで津波が這い登ってきたという。もし、越えていれば全電源喪失で、福島第一と同じ状況だった。2週間後にこの事実を知らされた村上村長は「背筋の凍る思いがした」という。20キロ圏内に75万人、30キロ圏内には100万人が住む東海第二の周辺環境。そこで重大事故が起きても、そもそもまともな避難すらままならない。村上村長はそれを知っていたから、細野原発相に第二原発の廃炉を選択肢に入れるよう進言した。

 JCO臨界事故と福島第一原発事故…、あってはならない二つの事故を踏まえて、村上村長は地元茨城新聞のインタビューに答えている。
 ―JCO臨界事故も慢心が招いたもので、この国はいつまでも反省しないという印象だ。利益を追求するあまり、原発推進を「国策だ」と言い続け、安全神話を作るなど、極めて内省に欠ける国だということ。何にも学んでいない。福島第一原発事故の初期対応を見ても、何という国だと思った―

 村上村長の発言には、「国」という言葉がよく出てくる。予算規模の小さな自治体の文脈で「国」が出てくると、それは多くの場合、抗えない力の暗喩だったり、駒を出すためのひょうたんを意味したりする。村上村長の語る「国」はいまや、叱責の対象でしかない。東海第二が立地していることで村に落ちてきた原子力マネーは10年間で400億円にもなるという。これはもう麻薬だ、と村上村長は断じる。ほかならぬ東海村の首長が、いち早く一炊の夢から覚めたことは、この国の未来にとって象徴的な意味を持つような気がする。
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Author:Ikkey52
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