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サンカと原発

Posted by Ikkey52 on 14.2011 現代史   0 comments   0 trackback
  日本国内の漂流民「サンカ」の話を知っている人は少なくないはずだ。箕づくりを生業にした人たちで川のほとりを中心に移動しながら暮らし、独自の文字を持ち、世間にはわからない全国組織のヒエラルキーを神代の昔から守ってきたとされていた。こっちに多少知恵がついてくると、サンカは昔の身分社会の中でいわゆる被差別層に当たる人たちだと理解しはじめ、戦前はサンカ小説などというジャンルがあったことなども知るようになった。戦後に撮影された写真まで流布されていた。動く画も見たような気がする。そもそもあの柳田国男でさえ、「サンカという語にもいろいろ当て字があって本義不明」と記している。

  部落差別の本質を巡って、様々な論議があるが、その本当のところはわからない。わかっているのは、時々の権力統治のために犠牲になった人たちだったということだけで、肌の色とか宗教とか、具体的に差別される実態がともなっていたわけではないことだ。ところが、サンカは生活実態が農耕漁労を生業にしてきた日本古来の常民と違う。個人や所帯レベルでの放浪とは別の「伝統的漂流民族」が日本にいた…!。異端好きには堪らなかった。

 学問でいえば民俗学になるのか、あるいは文化人類学なのかはともかく、三角寛という人物がほぼ独占的に入門書、研究書を量産し小説も書いてきた。三角のサンカ論にはアカデミックな立場から批判があるとは聞いていたが、元共同通信記者、筒井功が三角の実話を「ほとんど捏造」と暴露した。独自の文字も秘密結社も真っ赤な赤なうそだった。全国で撮り集めたという写真もやらせだった。その証拠がぼろぼろ出てきた。

 三角がサンカ研究の第一人者とされた一因として、最初の本を戦前の朝日新聞から出したことがあげられる。彼自身、短い期間だが朝日記者として警視庁管内で事件を追いかけていた縁だ。大手新聞社の権威は絶大だった。
 戦前、説教強盗なるものが帝都を騒がせた。大捜査網を敷いても一向に捕まらない。新聞は競って説教強盗の犯人探しに熱中し、読者の興味も沸騰した。三角寛自身によると、寝る間も惜しんで取材に没頭し、その結果、スクープをとったことになっているが、飛ばし記事だったことがすでに論証されている。相当なデマゴーグであったようだ。

 ジャーナリストは執念深い。半世紀以上たっていることさえ、掘り起し追及する。ミスは寛大に処すべきだが、ウソには厳しく対処するのが、本来のジャーナリズムだ。三角は後世の同業者を甘く見すぎていた。取材者のウソは歴史に見抜かれる、ということだ。
  しかし、三角寛のようなトンデモ記者は、絶滅するどころか、福島第一原発メルトダウン時代のいまも、うようよしているのだ。安全デマ、安心デマを垂れ流している連中だ。福島の原発事故は50年、l00年のオーダーで取材テーマになっていく。後世の批判に耐える取材、発信こそ求められるはずだが、「絆」を連発する情緒的でフヤケた報道が多すぎて、こちらの堪忍袋の緒もそろそろ限界に近づいている。
  

プロフィール

Ikkey52

Author:Ikkey52
ジャーナリスト 札幌生まれ
父方は、奈良十津川郷系+仙台伊達藩亘理系。母方は東三河豊橋系+肥前鍋島藩系+加賀藩系

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