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「死のまち」発言と十津川郷

Posted by Ikkey52 on 20.2011 原発・ジャーナリズム   0 comments   0 trackback
 住宅があり、学校があり、バス停があり、信号がある。しかし、真昼間だというのに、人っ子ひとり見当たらない…。そんな光景を目にしたとき、人はどんな言葉を思い浮かべるだろうか。辞任した経済産業大臣の発した「死のまち」という比喩について考えてみたい。
 比喩の対象になったのは、福島第一原発のおひざ元で、原則立ち入り禁止の「警戒区域」だ。事故から半年後の測定でも毎時4.5~32.6マイクロシーベルトの放射線量が観測されている。1986年に起きたチェルノブイリ原発事故に当てはめると、「強制移住地域」に該当する。人っ子ひとり見当たらなくなったのは、人体に極めて有害な物質に町ぐるみ覆われてしまったからだ。福島第一原発事故で放出されたセシウム137は広島原爆の168個分に相当すると政府は認めた。除染を急げと簡単に言うが、宅地や耕作地だけでなく、原野、山林、海や川の底に至るまで有害物質を除去するには天文学的な費用がかかる。経済合理性からすれば、核汚染地域の再生など、事実上不可能といわざるをえない。そんなことは、チェルノブイリに学べばすぐ合点がゆく。硬直化した官僚支配に人権が踏みにじられていた当時のソ連でさえ、健康が害されると分かっている土地に自国民の居住を許したりはしなかった。まして日本は、憲法で国民に健康かつ文化的な生活を最低限だが保障している国だ。つまり、少なくとも私たち同時代人の限られた時間軸で考える限り、町はすでに死んでいて、蘇生することはない。すなわち「死のまち」だ。「ゴーストタウン」と使っていた大手活字メディアがあったが、バッシングされたとは聞かない。「死のまち」発言のどこが悪いのか。

 3月11日に起きた地震、津波、放射能汚染のいずれかで、暮らしを壊された人たちを助けることは、あらゆる公的機関にとって最優先課題だし、施策次第で地震、津波にやられた地域はもちろん再生可能だ。だが、人体の安全が覚束ないほど放射能に汚染された地域の再生可能性を、地震や津波の被災地と同列に論じるのはあまりに乱暴だ。呆然と立ち尽くすばかりだった被災地に、復興の萌芽が見えはじめたいまこそ、目の粗い論法には注意する必要がある。
 「死のまち」という形容が不穏当だと騒いだ論者は、被災者感情の問題を持ち出した。実際、鉢呂発言に感情を傷つけられたと感じた被災地住民は少なからずいたのも事実だ。私は太平洋戦争終結時に南米の日本人移民間で自然発生した「勝ち組」を想起した。祖国の敗戦という事実が重すぎて受け入れることができず、負けを受け入れた人たちを激しく憎み対立した一種のカルトだった。
 福島は地味なところだが、海の幸、山の幸に恵まれた日本有数の豊かな土地だった。その故郷に帰りたい…。いや必ず帰れる…。そんな希望的観測がいつまでたってもなくならないのは、国や専門家など権威ある情報源から、何の裏付けもない無責任な楽観論が、マスコミを通じて垂れ流されているためだ。
 住民心理は痛いほどわかる。だが、放射能汚染は、ヒトが一定以上の放射線を浴びると、遺伝子が次第に損傷され癌に侵される、という医学的問題だ。郷里愛の話とは別だ。「死のまち」がそこに出現している事実は曲げられず、感情をさしはさむ余地などない。鉢呂氏だけが幻影を見たわけではない。

 「死のまち」論議で、私たちは真の敵を危うく見失うところだった。国は一刻も早くはっきりと、汚染地域放棄を宣言して、汚染地域から避難し仮住まいの人たちに、東電から十分な慰謝料、損失補償、移転補償を取り付けたうえで、恒久的な新天地を早急に斡旋すべきだ。

 おりしも今年、奈良の十津川郷は明治22年以来の大洪水に見舞われ、壊滅的被害を受けた。明治22年9月の洪水の夜、十津川郷では私の高祖父の葬儀が営まれていたが、家は土石流に飲み込まれ高祖父の遺体とともに流された。息子である曽祖父は、神戸で職を得ていたが、少し遅れて郷里の一大事を聞き、十津川郷支援の列に加わった。幸い、皇室から下賜金があり、北海道に移住に便宜を図るとする国策もあって、郷土の人たちとともに新天地を目指した。 

北海道各地には今、見捨てられた土地が余るほどある。エネルギー革命で産炭地が過疎化し、200カイリで漁村が過疎化し、旧国鉄の赤字線廃止で沿線が過疎化したからだ。北海道は、植民地のない日本に唯一残された拓殖の地であり、福島の人たちの移住は全北海道を挙げて歓迎される。重ねて言うが、そのためには東電が十分は各種の金銭補償が欠かせない。

 経産相辞任劇から時間が経って気づくと、「死のまち」発言がみごとにメディアからネグられていることに気づく。発言を問題化した当のマスコミ各社のデスク連中が、いまになって後ろめたさを抱いている証拠だ。私に言わせれば、程度の低い言葉狩りにメディアがスクラム組んで臨んだとしか見えないのだが。今やもっぱら辞任の引き金となったのは、囲み取材の不適切発言ということになっている。ところがこちらも真相は、記者の側から悪ふざけの口火を切って、結果的に大臣を陥れたとの暴露がある。仮にそうだとすれば、ジャーナリストの資質の低下に暗澹とせざるを得ない。

 ここまで書いきて、鉢呂氏の生まれが新十津川町だったことに思い当たった。奈良から移住した十津川衆が拓いた土地だ。もちろん、現代では様々なルーツを持つ人たちで町がつくられている。鉢呂氏本人とはかつて、国会議員と取材者という関係で、何度かお会いしたことがある。内実が伴わないのに口八丁だけでバッジをつける輩が多いなかで、むしろ口下手ながら実直な人柄を感じていた。鉢呂氏のご先祖も、十津川郷からわたってきたのか、それとも違うのか、寡聞にして私は知らない。


  

プロフィール

Ikkey52

Author:Ikkey52
ジャーナリスト 札幌生まれ
父方は、奈良十津川郷系+仙台伊達藩亘理系。母方は東三河豊橋系+肥前鍋島藩系+加賀藩系

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