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杉原千畝の諜報力

Posted by Ikkey52 on 31.2011 エスピオナージ・書評   0 comments   0 trackback
 バルト三国のひとつ、リトアニアの領事館を舞台に、欧州大戦前夜のきな臭い時代、日本の通過ビザを求めてヨーロッパ各国から集まってきたユダヤ人たちに、外務省本省の指示に逆らって査証を発給し続け、結局、6000人の命を救ったとされる外交官、杉原千畝。強靭なヒューマニストとしてのみ語られてきた杉原には、実はきわめて優秀な諜報員としての顔があった…。
新潮選書「諜報の天才 杉原千畝」は、杉原研究の第一人者とされる白石仁章による決定版。外務省外交史料館の館員という立場をフルに活用した密度濃い論考として読んだ。

 インテリジェンス・オフィサーとしての杉原の出発点は、1920年代後半のハルビン。天羽英二総領事のもとで、政治情報の収集、共産主義系の新聞記者に対する工作、日本に渡航を希望するソ連人の身元調査などを手掛けた。そのころ、張作霖政権が北京のソ連大使館官舎から多数の書類を押収したが、杉原はその押収文書の調査を命じられて北京に主張した。ロシア語とインテリジェンス能力の高さが評価されていた証拠だと、白石はいう。    
 余談だが、ハルビン総領事だった天羽英二は、のちに外務省情報部長、内閣情報局総裁となり、戦後はA級戦犯容疑で収監されたこともある人物で、英二の息子の民雄も外交官。1984年当時ユーゴスラビア大使だったその民雄氏と、私は現地でお目にかかっている。その際、ゾルゲ事件に連座して獄死したヴーケリッチの遺児で、翻訳家の山崎洋氏もいっしょだった気がするが、細かい記憶はおぼろげだ。

 ハルビンで杉原は、白系露人の情報網を作り上げた。満洲国外交部に移籍し、北満鉄道(東清鉄道)の権利をソ連側から満州国に譲渡させる交渉では、自分の情報網で集めたデータを駆使し、ソ連側の弱みをついた。先方が当初主張した売却価格の5分の1で決着したというから杉原の大得点だった。

1936年暮れに杉原は、モスクワ大使館勤務を命じられたが、ソ連にビザを拒否された。のちに6000人のビザを書く男には、1枚のビザに苦しんだ過去があったということだ。しかも国際法でいえば、最も危険な人物に向けての排斥宣言を意味するペルソナ・ノン・グラータ(好ましからざる人物)のレッテルが貼られた。これはもう、大スパイということだ。しかもお墨付きをくれたのはソ連。実際、ソ連には入れなかったが、欧州で亡命ポーランド軍の情報組織に太いパイプを築いている。

 リトアニア・カウナス領事館にビザを求めて集まってきたユダヤ人たちに、査証を発給し続けた杉原は、かれらを何から守ろうとしていたのか。ナチス・ドイツからか。私自身も浅薄な理解をしていた。そうではない。スターリンの脅威からだ。ドイツはポーランド電撃占領後、独ソ戦開始までの間、「奇妙な平和」といわれる時期にあった。バルト三国にとって、差し迫った脅威だったのは、むしろ独ソ不可侵条約の秘密条項でバルト三国の命運を握ることになったソ連だった。ソ連国内でのユダヤ人迫害を知っていた杉原は、まずそこからかれらを救おうとした。杉原が与えた「命のビザ」によって、日本までたどり着いたユダヤ人たちは、結果として、その後に起きるドイツ本国とその占領地域でのユダヤ人狩りに遭遇しないで済んだ。だから、杉原の功績について、白石は「ナチスから救った」というだけでは過小評価ではないか、としている。

 ソ連によるバルト三国併合直前まで駐ラトビア大使で、エストニアとリトアニアの公使も兼任した外交官に大鷹正次郎がいる。杉原の次の活躍の場を熱心に探したという大鷹は、戦後、「第二次大戦責任論」を著わし、アメリカのルーズベルト大統領は、真珠湾攻撃を事前察知しながら放置し、アメリカの対日参戦を導いたと論じた。大鷹は息子を二人外交官にしているが、そのひとり、弘は、李香蘭こと山口淑子が、イサム・ノグチと別れた後、再婚した相手だ。とにかく、外務省という役所、世襲が好きらしい。

 この一冊を通して、著者の白石は、ずっとビビッている。スパイとインテリジェンス・オフィサーをごっちゃにしないで、と。外務省とうまくやりたい立場はわかるが、あまりにいい子ちゃんの線を狙うと、鼻につく。軍=謀略、外務省=諜報という単純な図式化はかえって危なっかしい。
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Ikkey52

Author:Ikkey52
ジャーナリスト 札幌生まれ
父方は、奈良十津川郷系+仙台伊達藩亘理系。母方は東三河豊橋系+肥前鍋島藩系+加賀藩系

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