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「磔のロシア」…生きるための二枚舌

Posted by Ikkey52 on 15.2011 評論   0 comments   0 trackback
 世に数えきれない暴君、独裁者が存在したが、おそらく人類史上最大の殺戮者はスターリンだろう。ヒトラーなど物の数ではない。カンボジアのポルポトや北朝鮮の金一族も、いっしょに並べると顔色がない。殺戮のスケールとして毛沢東を引き合いに出す向きもあるが、毛の党がいまも単独支配している国では真摯な検証はすすまず、同じ天秤にはまだかけられない。
  問題は、スターリンが単なる暗愚の王でなかったことだ。読書家で、政略に長け、直訴状に考え込み、自らのイメージづくりに敏感で、睡眠時間の少なさはナポレオン並みだった。神学生だったこの男は「殺すなかれ」という神の言葉を学び忘れた。だから、神の生殺与奪権さえ握って平然としていた。

 恐ろしい本である。スターリン時代、とりわけ左右の反対派を一人ひとり消していくプロセスで、ソ連は国ぐるみ磔にかけられたが、当時国内の芸術家たちはどうしていたのか。かれらの精神的葛藤を克明に追跡し、それが芸術家たち自身の生、あるいは死にどう結びついたか、もしも透けて見えない部分があれば、大胆に推論してみせる。
  ブルガーコフ(作家)、マンデリシターム(詩人)、ゴーリキー(作家)、マヤコフスキー(詩人)、ショスタコーヴィチ(作曲家)、エイゼンシテイン(映画監督)が、俎上に上る。1930年代の大テロルの時代を、表現者として生き、スターリンから直接間接に作品を批判され、あるいは発表を禁じられながら生き延びた人がいる。公式な死因が自殺や病死とされながら、未だに謀殺説が消えない人がいる。隔離され、復活し、そしてこんどは永遠に隔離された人がいる。悪魔の恣意が万能、という特殊な時間と場所にあって、そもそも不特定多数に対する表現行為に出ること自体、ロシアンルーレットの引き金をひくも同然だった。ただし、死ねば自分の表現は途絶える。死ぬわけにはいかない。いま流行りの言葉を交えれば、「持続可能な」表現とは何か、それぞれ苦しみながら追求する芸術家たちの営為には鬼気迫るものがある。「二枚舌」の使い方も高度でなければ、やすやすと見抜かれる。その恐怖、その深慮遠謀。

  詩を諳んじることが「教養」と信じられてきたロシアで、詩人の地位は驚くほど高い。たとえば、壁に耳がある監視社会で、詩人の場合はどう生きたか。マヤコフスキーは、愛人関係にあった美貌の人妻リーリャ・ブリークに耽溺し、すべてをさらけ出していた。リーリャはマヤコフスキーのすべてを知る立場にあった。マヤコフスキーの死後、リーリャが秘密警察NKVDのエージェント番号を持っていたことが明らかになる。
 10代の一時期、このリーリャ・ブリークといっしょに暮らしたという、稀有な体験を持つ老婆に、かつてインタビューしたことがある。サンクトペテルブルクでのことだ。老婆は、父をスターリンの粛清で殺されている。リーリャの秘密警察員説に触れると、老婆はむきになって否定した。そのかわり、リーリャも加わっていたロシア・アバンギャルドの芸術家たちのサロンに、大人でもないのに紛れ込み、愛玩動物のようにかわいがられた思春期の記憶がよみがえるのか、老婆は夢見るようなまなざしに戻って、あのときの自由さ、あのころの楽しさを力説していたのが忘れられない。当時、カタストロフの予感のなかで、内通者のいる芸術家の宴がロシアのあちこちで張られていたことになる。

 若いころ、映画評論家岩崎昶の著作を教科書にしていたことがあった。「映画評論家」とはいっても、印象批評とスターのゴシップで売る連中とは全く違う。「イワン雷帝」の構図解説など、大学の映画科にでも行っている気分で読んだものだ。当時、モンタージュ理論の神であったエイゼンシテインも、スターリンという悪の太陽に照らされてみれば、ひとりの映像作家として、あまりに不遇だった、と再認識。

 著者の亀山郁夫は、東京外語大学長にして、最近ではドストエフスキーの新訳で知られる文学者だが、「磔のロシア」では、ショスタコーヴィチの項が本格的な音楽評論になっている。実際、クラシック音楽専門誌に連載を持っていたほどの通だとか。「交響曲第四番は、引用による徹底したレジスタンスだった。しかるに第五番で彼が示したかったのは、形式上の実験は止めるが、内容上の実験は続けるという意志であった」。なるほど、門外漢でも、いや門外漢だからこそ、四番はつらい。
Youtubeで面白い動画を見つけた。スターリンの顔にだぶらせて有名な交響曲第五番第四楽章を聞きたい向きにはおすすめ。
http://www.youtube.com/watch?v=LVICiQPzo_w&feature=related
  

プロフィール

Ikkey52

Author:Ikkey52
ジャーナリスト 札幌生まれ
父方は、奈良十津川郷系+仙台伊達藩亘理系。母方は東三河豊橋系+肥前鍋島藩系+加賀藩系

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