FC2ブログ
Loading…

冴えた論点整理…NHK「解説スタジアム 原発編」

Posted by Ikkey52 on 09.2016 原発・ジャーナリズム   0 comments   0 trackback
 NHKの「解説スタジアム~どこに向かう日本の原子力政策~」に賛辞が集まっている。番組は先月放送された。「自己規制することなく、よくぞ本音で語ってくれた」、「NHKでここまで踏み込むのはたいへんだったろう」、というわけだ。番組は、ベテラン記者たちの集団討論を1時間弱に渡ってそのまま見せる。フリップは登場するが、VTRは全く差し挟まれない。NHK全体で解説委員と名がつく人間が何人いるのか、皆目見当がつかないが、当夜は、原子力、経済、政治、安全保障、エネルギー政策、国際関係を担当する6人が、解説委員長の仕切りのもと、原発再稼働、原発40年ルール、核燃料サイクル、核廃棄物処理など日本の原子力政策全般を縦横に語った。

 冒頭近くで、「地震、津波、火山のこの国で果たして原子力発電は成り立つのか」というニュアンスの根源的問いがひとりの編集委員から出され、本気度を感じて座り直した。そうだ、日本の原発論議はそこから始まるべきだ。フクイチ事故後の論議はその原点に戻るべきだった。にもかかわらず、再稼動が川内と伊方で許された。誰が許したか。原子力規制委だ。政府自体でないところが味噌だ。

 原子力規制委の委員長、田中俊一はよく次のように口にするという。「規制委の判断は安全性を担保するものではない」と。新基準に合致しているかどうか見るだけだ、と。では、安全性を担保してくれるのは誰か。国か、電力会社か。住民避難計画は国が自治体に丸投げしている。再稼働許可は、どうして隙のない避難計画とセットではないのか。高岡のように司法に横やりを入れられても、文句が言える筋合いではない。

 原発40年ルールが示されたとき、霞が関の文法を知る記者たちは、最後は尻抜けになるだろうと予想したそうだ。案の定、早々と例外が出てきた。政府の見通しでは、2030年に日本の総発電量に占める原発の割合は20~22%。40年ルールを全原発に当てはめると、それが達成できないという。辻褄合わせに老朽原発を延命させたいわけだ。

 核燃サイクルはあきらめるしかない。すでに1兆円が投じられ、悪意のある情報隠しも露見した。「もんじゅ」の運営主体に当事者能力はない、となったが、次なる引き受け手は現れない。やめるとしても、無駄な投資の責任は誰が負うのか。核保有国以外で、核燃サイクルの取り組みが国際的に認められているのはいま日本だけだが、それを保障してきた日米原子力協定が2018年に30年の期限を迎える。延長については、アメリカも厳しく出るだろう。核燃サイクル計画の失敗で、プルトニウムが貯まり続けている問題もある。日本のプルトニウムはすでに6000発の原発を作れる量に達する。

 プルトニウムを減らすことが急務だ。高速増殖炉ならぬ高速炉で燃やすことも視野にいれるべきだ。プルサーマルの利用もひとつの方法だが、プルトニウムとウランを混ぜたMOX燃料は、燃料棒による制御が難しくなることがわかっていて、簡単ではない。世界で核廃棄物の最終処分地を持つのはフィンランドとスェーデンの2国だけだが、どちらも実現までに20~30年の年月を要している。日本も覚悟すべきだ…。

 番組中、データ放送で集めた視聴者の意見が紹介されたが、再稼動反対が賛成を3倍近く上回って、多くの世論調査と近似値だった。専門性に加えて、放送人ならではの分かりやすい語り口を併せ持つNHK編集委員たちの集団論議は、論点整理が素晴らしく、テレビ・ジャーナリズムの仕事としても近年有数の収穫だといえそうだ。

スポンサーサイト



古参科学記者が斬る原発再稼働テレビ報道

Posted by Ikkey52 on 21.2015 原発・ジャーナリズム   0 comments   0 trackback
 フクイチ事故発生直後のテレビ報道を思い出すと、各キー局ともこれまで経験したことのない事態に大いに戸惑い、誰がどう的確に解説できるのか、手探り状態だった。時間を経るとスタジオの解説席は、次第にいわゆる専門家、学者に占められていったが、日本テレビの場合、それまでの間を、ベテランの専門記者然とした倉澤治雄がよく埋めていた。

 倉澤は地上デジタル放送開始の前後、日本テレビのメディア戦略部門を担う論客として、あちこちの勉強会などに引っ張りだこで、自分も彼の自説を聞いている。日本の民放では珍しい科学記者出身だとは知っていた。

 3・11の事態をスタジオ解説する倉澤の口調は歯切れが悪かった。誤解を恐れずにいえば、寸止めの連発のように思えた。テレビの記者は新聞と違い、社説社論に束縛されないはずだが、日本テレビには特殊事情があった。局が創業経営者として戴く正力松太郎こそ日本に原発をばらまいた張本人だったからだ。寸止めを連発することによって倉澤は、組織人としてのある種の難局を無事に乗り切ったのかもしれない。

 その倉澤が月刊『GALAC』11月号に川内原発再稼働報道に関するコラムを寄せた。タイトルは、「民主主義を踏みにじる再稼働 記者は『問題意識』を維持せよ!」。その威勢の良さにたじろぐと同時に、組織から自由になったのだな、と感慨が沸いた。論稿の冒頭、倉澤はテレビの3・11報道を振り返り、「事態の深刻さを伝えることが出来ず、『大本営発表』と揶揄された」と記した。自省でないわけがない。そのうえで、各種世論調査を見ても国民の約6割が「再稼働」に反対しているにもかかわらず、強行する政府の姿勢に疑問を呈した。「『原発問題』は、すぐれて民主主義の問題だ」と。

 組織のくびきから解放されたベテラン科学記者の舌鋒は鋭い。川内原発再稼働の日付に注目し、「8月11日は3・11の月命日」だと断じる。そして、わざわざ月命日を選んだ背景に「原発利権集団」のどんな思惑があったのかは、恰好の取材テーマだとした。ほかにも様々な切り口を挙げる。例えば「原発防災」の視点。事故は起きるという前提に立てば、現実に住民を避難させられるのか、誰がそれを担うのか、決死隊となるのは誰か、責任は誰が負うのかなど。また、原子力規制委の在り方にも、切り口を見出す。耐震想定の問題、南九州巨大カルデラ噴火の備え、さらに免震棟やフィルターベント設置の5年猶予の問題などだ。

 再稼働した夜のテレビ各社のメイン・ニュースを概観した倉澤は、NHKのニュースウォッチ9を激賞し、「ほぼすべての切り口を網羅していた」と評価した。次いでテレビ朝日の報道ステーションについて、「再稼働に関わる問題のかなりの部分をカバーした」と讃えた。一方、古巣の日本テレビ、NEWS ZEROに関しては、最大の課題は避難計画と核のゴミ処分だと解説しながら、「核のゴミ処分がなんであるかについては触れられなかった」と苦言を呈した。その上で倉澤は「こうしたニュースも、翌日からはほとんど伝えられることがなかった。これがテレビの限界なのだろうか?」と自問し、「問題意識を持ち続ける記者を育てねば」と指摘した。

 しかし、倉澤も熟知しているように、昨今のテレビ局、特に民放では、ゼネラリストの育成が叫ばれ、スペシャリストは軽視されがちだ。報道部門も頻繁な人事の波に洗われ、人の出入りが激しい。ニュースから継続性が失われているのは、編集方針がマーケティングに傾き、主体性を失っている証拠でもある。原発再稼働報道であぶり出されたのは、未解決の課題を満載して見切り発車する危うさのみならず、テレビジャーナリズムそのものの危機だったのかもしれない。

「汚染水タダ漏れ」とフクイチ報道の退嬰

Posted by Ikkey52 on 11.2015 原発・ジャーナリズム   0 comments   0 trackback
 台風18号に伴う大雨で鬼怒川の堤防が決壊し、住宅が押し流されるショッキングな映像が流れた9月10日。だれもが思わず4年半前の大津波の悪夢を思い出したろう。同時に、栃木、茨城両県を覆った分厚い雨雲が、福島県にも懸っていることに注意を向けたかもしれない。こうした天候条件下で、フクイチでは汚染水の垂れ流しが避けられない、と想像するのは易しい。そして、案の定の事態が起きてしまった。

 ただし、報道はきわめて薄い。10日の夕刊段階で「原子炉建屋周辺の雨水などを集める『K排水溝』の水が、堰(せき)を越えて外洋に流出した」と9日の状況を報じたのは、自分の知る限り東京新聞だけだ。それによると「K排水溝をめぐっては2月、東電は溝を流れる水に高濃度の放射性物質が含まれ、外洋に流れているのを知りながら、問題を放置していたことが発覚。港湾内に注ぎ込むよう、溝を付け替える工事を始めた。ただ完了までまだ半年以上かかる見込み」だという。「1時間に14ミリ以上の雨が降ると水が堰を越えてあふれる」と計算していたようだが、東電の予想を裏切って「短時間でまとまった雨が降っても流出することが判明。9日も14ミリには達しなかったが、2時間半にわたってあふれたという」。

 「東電は、汚染水減らしのための地下水放出では、放射性セシウム137で1リットル当たり1ベクレル未満など厳しい基準を設けているにもかかわらず、K排水溝問題では数百ベクレルの汚れた水が流出しても対策を取れずにいる」というのだから打つ手なしなのだろう。秋の日本列島は台風の季節であり、雨量が増えるのが常識だ。まして相手は高濃度の汚染水。「工事の途中だった」という言い訳が許されるはずもない。ちなみに、今年2月に漏れた汚染水には、1リットル当たり放射性セシウムが2万9400ベクレル、ストロンチウム90などのベータ線を出す放射性物質も同5万2000ベクレル含まれていたという。http://blog.goo.ne.jp/raymiyatake/e/ef22fe87b71ce719cdaeaf8e6a3ca185
 政府が東電に命じていたのは、今年3月末までの汚染水処理完了だが、そのメドは全く立っていない。東京五輪招致時に首相として行ったフクイチの「アンダーコントロール」発言に関して、安倍は謝罪も撤回も拒否している。

 それにしても、この頃のマスメディアのフクイチを巡る対応は、あまりに鈍感で情けない。東電の恐るべき怠慢をなぜ鋭く告発しないのか。除染どころか、まとまった雨が降るたびに、施設周辺から出る汚染水があふれ太平洋の海水をどんどん汚しているのだ。つまりこれは復旧の遅れとは違う、新たな厄災の現出だ。恵みの海の一日も早い回復を願う地元漁業関係者の無力感は察するに余りあるし、海に県境はないから隣県の同業者たちも不安に慄いているはずだ。全うなニュース感覚があれば、そこに目を向けるのは当然なのに、そうなっていない。ことは原発是か非かといった根源的な報道姿勢の問題ではなく、東電も認めざるを得ない単純な事実関係なのだ。どこに報道を躊躇う必要があるのだろう。

 テレビの各ネットワークや全国紙は、東日本大震災や大津波被害の復旧復興とフクイチの処理過程を入念にカバーするため、一時はそれぞれ臨時支局を置いたし、臨時支局撤収後も、取材力を増強したまま近隣の支局体制を維持したり、社会部系で実績ある大物記者をその支局長に据えたりしてきた。死者まで出している台風被害を軽く見るわけにはいかないが、濁流に洗われた地域も水が引けば徐々に復旧に向かう。しかし、汚染水が流入した海は、そうはいかない。海洋生物の食物連鎖の問題も深刻だ。フクイチで現在進行形の禍々しい事態を直視し、微にいり細にいり報道を続けることは、マスメディアの存在価値を問われる責務ではないか。

石原伸晃「最後は金目でしょ」発言は虚妄なのか?

Posted by Ikkey52 on 20.2014 原発・ジャーナリズム   0 comments   0 trackback
 石原伸晃環境相が、福島第1原発事故の除染で出た汚染土の中間貯蔵施設建設に関して「最後は金目でしょ」と発言したとして、メディアの袋叩きに遭い、危うく大臣の椅子を棒に振るところまで攻め込まれた。いや、衆参両院の与野党勢力分野をあらためて見回せば、クビを取られる状況でもなし、そこそこ殊勝な態度を示せば、人の噂も七十五日で切り抜けられると踏んでいたのかもしれない。

 この人、若くして党幹事長や政調会長といった重要ポストを経験したためか、他人の評価はともあれ自分なりに大物意識を抱いているらしく、本音を隠すことにそれほど神経を使わない。近頃の政治家がいい人ぶることに熱心で、二重三重の丁寧語、尊敬語、謙譲語で厚化粧し、めったに本音を見せないのに比べると、正直といえば正直なのだ。政治家として二枚舌よりずっとましだと、個人的には思う。

 むろん中間貯蔵施設の立地は、放射性物質の拡散防止という観点から、事故を起こした福島第1原発の近隣を想定するしかなく、したがって立地予定地周辺の住民にとっては迷惑の上塗りということになる。ひとたび原発事故が起きれば、被害と迷惑は代を継いで続くという典型だが、その点についてはあえて今は触れない。

 さて、マス・メディアは「最後は金目でしょ」発言になぜ大騒ぎしたのか。雑駁にまとめると、原発事故で人生を狂わされた多く人たちを侮辱するもので実に無礼であり、こうした発言を看過することは、社会的正義を追究するわが社の基本姿勢に悖る、ということなのだろう。だが、無礼かそうでないかを決めるのは情報の受け手である私たちだ。本来、マス・メディアの役割は情緒に乗っかって騒ぐのではなく、石原発言が事実と突いていたか否かを検証することではないか。なぜその役目を怠るのか。

 今あえて問う。「最後は金目」でなくて、どうして原発のようなとんでもない迷惑施設が五十数か所も、地震の巣のような日本列島にばらまけたのか。最初は絶対反対が絶対多数だった原発予定地周辺の声が、なぜ徐々に変化するのか。気づけばいつのまにか地元村議会、町議会は賛成派が多数を形成しており、農協、漁協では意見も割れて険悪な空気になり、あくまで反対を貫けば村八分状態に置かれる気配もあり、やがて表立って反対を表明できなくなり、そのうちに諦めの気持ちが強まり、原発立地が既成事実化する。そうした光景だらけだったのであり、「最後は金目」で先祖代々の農地が打ち捨てられ、磯や沿岸の漁業権が売り払われてきたのは、厳然たる事実だ。

 中国をはじめとして外国に少なくない露骨なわいろ体質を笑うのは易しいが、日本各地の辺境に住む庶民の多くは結局は金目に転んできたのではないか、といわれても反論できない道義の退廃状況があったろう。ただし、辺境にも信念を貫き反対論を翻さなかった人たちもいた。彼らは体を張り、あるいは議会に働きかけ、あるいは自分たちが共鳴できる人物を自治体の長に推すなどして、原発立地を阻止していった。調べてみると、原発計画を覆させるほどの力を持った地域は、新潟の巻、福島の浪江・小高、三重の熊野・海山、和歌山の那智勝浦、鳥取の青谷、山口の上関、高知の窪川、大分の高山・蒲江など、必ずしも少なくなかった。闇夜に光明を見る思いがする。

 原発関連施設の立地の是非判断について、日本人が「最後は金目」に転ばなくなること。それこそが、なにより効果的な石原発言批判だと思う。

『美味しんぼ』バッシングに見るこの国の病理

Posted by Ikkey52 on 10.2014 原発・ジャーナリズム   0 comments   0 trackback
 遅きに失した感があるが、あえて『美味しんぼ』の鼻血描写がやり玉にあげられた問題を取り上げたい。論点は二つあるだろう。ひとつは、福島第一原発事故と周辺住民の鼻血との因果関係。ひとつは、鼻血描写に対するヒステリックなバッシングはなぜ起きたのか。

  『美味しんぼ』の鼻血描写を巡っては、地元の双葉町が今年5月、「現在、原因不明の鼻血等の症状を町役場に訴える町民が大勢いるという事実はありません」と美味しんぼ掲載誌の発行元である小学館に抗議している。ところが、『美味しんぼ』のなかに実名で登場する井戸川克隆氏が現職の双葉町長だった2012年11月に、地元では岡山大、広島大、熊本学園大のグループによる全町民健康調査アンケートが実施され、双葉町と丸森町は、体がだるい、頭痛、めまい、目のかすみ、鼻血、吐き気、疲れやすいなどの症状を訴える人が、他の自治体よりも「有意」に多いことがわかっていた。「有意」というのは学術用語で、「統計上、偶然ではなく必然である可能性があると推測されること」だ。特に鼻血が多かった。
http://www.j-cast.com/2014/05/16204959.html?p=2

 『美味しんぼ』に対して、雑音が大きくなると、水に落ちた犬は打てとばかり、的外れな批判的言辞で「福島県民の味方」をアピールして点数を稼ごうというさもしい政治家、閣僚が相次いだ。例えば、環境相の石原伸晃は、「その描写が何を意図して、何を訴えようとしているのか、私には全く理解できない」とした上で、風評被害を引き起こすことがあってはならないと、作品への不快感を表明した。これを受けて会見を開いた井戸川は、「実際鼻血が出る人の話を多く聞いている。私自身、毎日鼻血が出て、特に朝がひどい。発言の撤回はありえない」としたうえ、因果関係については「放射能が原因だと思う」と説明。石原発言について、「なぜ私の体についてうんぬんできるのか」と一蹴した。
http://ameblo.jp/shizuokaheartnet1/entry-11847267328.html

 低線量被曝の専門家、西尾正道・北海道がんセンター名誉院長の発言は決定的だ。「事故後の状態では、放射性浮遊塵による準内部被ばく的な被ばくとなり急性影響が真っ先に出ます。放射性浮遊塵を呼吸で取り込み、鼻腔、咽頭、気管、そして口腔粘膜も含めて広範囲に被ばくすることになりますから、最も静脈が集まっている脆弱な鼻中隔の前下端部のキーゼルバッハという部位から、影響を受けやすい子どもが出血することがあっても不思議ではありません」。http://nimosaku.blog.so-net.ne.jp/2014-05-15
 原発事故から10年もたったチェルノブイリで5人に1人が鼻血を流していた現実を、私たちは何度となく聞かされてきた。伝え手が揃ってウソつきだったとでもいうのか。

 二つめの論点。これは作者の雁屋哲自身に語らせるのが手っ取り早い。「今の日本の社会は『自分たちに不都合な真実を嫌い』『心地の良い嘘を求める』空気に包まれている」「『福島は安全』『福島は大丈夫』『福島の復興は前進している』などと書けばみんな喜んだのかも知れない。(中略)私は真実しか書けない。自己欺瞞は私の一番嫌うものである」。雁屋はまた「きれい事、耳にあたりの良い言葉を読み、聞きたければ、他のメディアでいくらでも流されている」ともいう。http://kariyatetsu.com/blog/1685.php
 井戸川発言を伝えたブログを炎上させたのは、批評性というすぐれて人間的機能をとことん弱らせてしまったネット住民だろうし、そうしたネット住民を訳もなく恐れてひたすら自己抑制し、萎縮するのが今のマスメディアの病理だ。小学館に雑誌ジャーナリズムがあるとすれば、それこそが試されていたはずなのに、安易に逃げてしまった。雁屋にここまでぐさりと本質を衝かれて、己の間違いに気づかないメディアには最早つける薬がない。堂々と体制翼賛の旗を揚げるがいい。
  

プロフィール

Ikkey52

Author:Ikkey52
ジャーナリスト 札幌生まれ
父方は、奈良十津川郷系+仙台伊達藩亘理系。母方は東三河豊橋系+肥前鍋島藩系+加賀藩系

ショッピング

トラベル

オークション

最新トラックバック

ラビリンス

デラシネ通信

ブログランキング

ブログランキング

検索フォーム

ブロとも申請フォーム

QRコード

QR