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日本とドイツは相似形か…法律、マスコミ、戦争法廷

Posted by Ikkey52 on 30.2016 世界   0 comments   0 trackback
 日本人の間には、ドイツという国に関して、一定の思い込みがあるのではないか。それは、ともに第二次大戦に敗れ、戦勝国によるみじめな占領時代を経ても、戦後の国際社会では戦争責任の代償として様々な制約を課せられるなど日陰者の地位に甘んじ、それでも国民は一心不乱に復興のため汗を流し、その甲斐あって高度な経済成長を成し遂げて、世界的に見れば相対的に豊かといえる社会を築きあげた、という「似た者同士感覚」だ。

 この「似た者同士感覚」、実はかなり曲者だ。例えば防衛だが、ドイツの場合、西独はNATO、東独はワルシャワ条約機構に加わる形で、いずれも集団的自衛権を基本に構築されてきた。日本とは大きく違う。また、日本の現行憲法は制定から一度も改正されていないが、ドイツで憲法に当たる基本法は時代の要請にあわせて頻繁に改正される。このあたりも大いに異なる。

 マスメディアは日本に比べずっと権威に弱いとの説も聞く。実際のところどうなのか。といっても自分に誇れるような知識があるわけではない。国論をリードできるような高級紙は、2紙しかなく、どちらも日本でいえば県紙程度の部数しか持たないから、ここ数十年、影響力が強かったのはやはりテレビ・ラジオだろう。一般にヨーロッパのテレビ・ラジオは公共放送中心で、民放が幅を利かせる日本やアメリカなどとはだいぶ状況が違う。特に敗戦国のドイツでは文化侵略を嫌う周辺国への配慮から、公共放送中心、ローカル放送中心の放送秩序がつくられた。

 問題は、監督官庁が監督下の放送局に補助金を支出するシステムだ。かつて、ミュンヘンにあるバイエルン州メディア庁で担当官に尋ねたことがある。「メディア庁のカネをもらえば、メディア側は行政を批判しづらいのではないか」と。相手はニヤリと笑って答えなかった。そういう関係になっている。日本の独立ローカル局で、立地する自治体から設立時に株を持ってもらった関係で、県出身役員を迎えているところはないこともないが、毎年補助金をもらっている局など皆無のはずだ。このところ権力に対する萎縮が目立つと指摘される日本のジャーナリズムだが、ドイツの公共放送はしばしば政権党の提灯持ちを演じることがあるという。だから日本はましだと言うつもりはない。規律正しさが日独共通の美徳だなどと煽てられるのは、日本にも長いものに巻かれる危険因子がある証拠だと自戒もしたい。

 民主主義の度合いは「思想信条の自由」をリトマス試験紙にすればいい。ヘイトスピーチは言葉による明白な加害行為だが、日本で法規制の話が持ち上がると国民の間で論議が起きた。人種差別主義者に対しても、その内心にまでは踏み込めない、と自覚する人がいたからだ。ドイツ刑法には特殊な罪が記されている。「ドイツ占領下のヨーロッパのユダヤ人の絶滅にたいして疑念を抱く者」には「二年以下の自由刑を科す」というのだ。疑念を抱くも抱かないも、それは個人の内心の問題。部屋の本棚の印象で危険思想の持主だと決めつけられ、しょっ引かれてはかなわない。
 
 いうまでもないが、東西の分断国家として戦後を歩んだドイツは、社会防衛上、かたや共産主義、かたや自由主義を徹底して禁圧してきた過去がある。西側が存続国家となった現在でも、共産党は非合法化されたままだ。戦争犯罪の追及にしても、拷問もまかり通ったニュルンベルク裁判と、形式的には紳士的だった東京裁判を同列視するのが本当に正しいかどうか。いずれにしろ、日独の社会を安直に相似形と見なしては実像を見誤るかもしれない。

韓国検察は法の正義に目覚めたか?

Posted by Ikkey52 on 15.2016 世界   0 comments   0 trackback
 儒教的血縁主義の問題なのだそうだ。韓国大統領が大スキャンダルを抱え込み、もがいている。大統領が身内同然につきあっていた女性に国家秘密を漏らしていた疑惑に始まり、親友女性の利権らしきものが次々に暴かれた。大統領側近が逮捕され、検察の事情聴取の対象は頂点の大統領本人にまで及ぶ。100万人を越す人々が大統領府に「朴槿恵 やめろ」と叫んでデモをかける…。もはや国家非常事態と見ていいのか。

 韓国という国、歴代大統領にもほとんど無事な人はいない。西岡力によると「全斗煥大統領は実弟と夫人の親族、盧泰愚大統領は夫人のいとこ、金泳三大統領は次男、金大中大統領は3人の息子、盧武鉉大統領は実兄、李明博大統領は実兄が逮捕されている」。儒教的血縁主義の呪縛は保守、左派を問わない。http://ironna.jp/article/4386?p=2

 こうした流れを踏まえれば、朴槿恵がなぜ韓国民にとって大きな希望に見えたのか、その理由は理解できる。韓国流高度成長の功労者だった朴大統領を父とし、父と母いずれもが暗殺されるという悲しい星のもとに生まれたことから、めったに他人に心を許さないと評された堅物の独身女性で、兄弟とさえ疎遠な孤独の人。心に抱えた闇のせいなのか、自然な笑顔というものに恵まれず、微笑もうとしても、ひきつった作り笑いになってしまう。だからかえって、守るべきものがなければ、清廉潔白でいられそうだと有権者が判断したのも無理はない。

 それにしても、どうして任期を1年数か月も残している現職大統領がこういうことになるのか。5年任期の後半にさしかかったとはいえ、レームダッグ化するには早すぎる。あれこれ報道や評論をチェックしても、ストンと落ちるものにはほとんど出会えなかった。ただ、はっきりしているのは、朴政権の利権で潤う輩の存在を検察はあらかじめ知っていたこと、しかし直ちには動かず静観していたこと、親友女性が悪事の露呈を恐れて急いだ証拠隠滅の過程で、パソコンの中味が放送局に漏れ、世論が沸き立つタイミングを逃さずに検察が捜査に打って出たということだ。検察ファッショ批判は封じ込んだ。

 韓国の司法制度は日本に範を求めたといわれる。検察は日本の法務省にあたる法務部が管轄している。ということは、検察官の生殺与奪は朴政権の閣僚たる法務部長官に直接ではないにしろ握られているわけで、指揮権発動という非常手段もあるはずだ。実際、産経新聞ソウル支局長問題にあたって韓国検察は、一部反日世論に迎合した政権の意を忠実に呈して動き、「報道の自由」を知らないのか、と国際的批判を浴びた。また、韓国の場合、検察自身も汚職体質を何度もマスメディアに叩かれてきており、国民が抱くイメージはお世辞にも清廉潔白なものではない。そんな検察が国のトップである大統領に捜査で向き合う。やる気は本物なのか。

 韓国紙、中央日報は検察の捜査開始を受けて見逃せない社説を掲げた。タイトルからして「検察、なぜ正当性を失った大統領の顔色を見るのか」と過激だ。内容は、検察の真の狙いがスキャンダルの矮小化にあるのではないか、といぶかるものだ。記事が出てから1週間が経過しているが、こうした見方が韓国民のなかに根強くあるらしい。
http://japanese.joins.com/article/390/222390.html

 ひょんな縁で自分もお世話になったことのある韓国の衛星テレビ局、チャンネルA(東亜日報系)によると、韓国ネット上では「国民の審判を受けてほしい」、「朴大統領の権限を守るべき」といった意見のせめぎ合っているほか、「検察が一番怪しい。こんな国は嫌だ」とする声もある。
http://www.excite.co.jp/News/chn_soc/20161115/Recordchina_20161115018.html?_p=2
 韓国検察は法の正義の実現に本当に目覚めたのか、それとも性根は権力の犬でしかないのか。少なくとも政界には事態収拾をリードできるような勢力や人物がいないとされるなかで、韓国検察の出方がカギを握っているのは確かだ。

中国「抗日勝利記念式典」と「戦争法案反対」デモ

Posted by Ikkey52 on 04.2015 世界   0 comments   0 trackback
 中国の「抗日戦争・世界反ファシズム戦争勝利70周年」記念式典を伝える報道が溢れ返った9月の第一週。テレビ各社が垂れ流す軍事パレードの官製映像は、撮影面で計算され過ぎているためか、現実味が薄くヴァーチャルゲームのようだ。装甲を施した乗用車の屋根から習近平が人民服姿の上半身をのぞかせて閲兵するシーンは、中国が北朝鮮の本家だったことをあらためて想起させ、滑稽に映った。一方、天安門の雛壇にプーチン、朴槿惠が並び立つ光景は、いやおうなく「反日包囲網」という言葉を連想させた。同じ場所に国連事務総長である潘基文の姿さえあるのだから、日本国憲法が、「我らの安全と生存」をゆだねようと決意した「平和を愛する世界の諸国民の公正と信義」など、随分怪しいものだ。

 中国共産党は中華人民共和国建国以来、ある時期まで日本軍国主義は批判しても、日本人民を敵とすることはなかった。実際、周恩来は抗日戦終結後の早い時期に、「日本人の大半は善良だ」と第三国の使節に語っている。階級闘争として世界史を理解することが党是であったからだ。共産党の共産党たる所以だ。建国と軌を一にして、人民解放軍は隣国チベットになだれ込むが、これも理屈は階級闘争だった。

 ところが、鄧小平が「白い猫でも黒い猫でも鼠を捕るのが良い猫」と断じたうえ、資本主義的政策の解禁によって沿海部の発展を内陸部に優先させたことから、風向きが変わる。中国は上海、深圳などの南部沿海地域を先頭に「貧しさの共有状態」から脱して行くが、国土の不均等発展を許した結果、階級格差は劇的に拡大する。『帝国主義論』で資本主義の不均等発展を論じたレーニンならば、のちのウイグル人抹殺とその居住地域への漢人の植民まで直ちに予見したかもしれない。中国はたちまち国家内紛の危機を内包することになった。

 国土の不均等発展路線を鄧小平から受け継いだ江沢民は、思想・教育統制で国家内紛の危機にフタをしようとした。人民共通の敵が必要だ。日本をその敵とする。反日を刷り込む学校教育がはじまり、日本軍の悪行ならば白髪三千丈にして再発掘した。それを無批判に受容してきた子供たちが大人となり、社会の一線にいる。ナショナリズムが押し出され、階級闘争の旗は霞んだ。

 しかし、胡錦濤から習近平へとトップが代わっても、格差は拡大し続ける。メディアも多様化し、富はますます偏在して、権力批判が後を絶たない。全人民に等しく個人としての尊厳を保障すれば、政治選択の自由に帰結し、独裁権力は吹き飛ぶ。だから、民主化の徹底を求める言論に権力はきわめて敏感に反応し、徹底した強面で臨む。共産党はとっくに階級政党ではなくなっている。自由と平等は、言葉本来の意味で社会主義の根本理念だが、人権が十分尊重されて初めて実現するものだ。それを置き忘れて続く「一党独裁」は、単なる全体主義だろう。チベット、ウイグルで起きている事態は、ナチスの民族浄化とどこが違う。そして南沙、尖閣…、すでに中国は覇道に陥っている。覇権主義を否定してみせた習金平の式典挨拶がなんとも空々しい。

 いま日本各地で「戦争法案反対」デモが繰り広げられる。デモ自体は中国のように官製でない限り、その国の開放度の証しであって、権力にものいう手段として大いに結構だ。ただし、拡声器で平和を連呼する参加者たちには、「平和」には種類があることをぜひ知ってほしい。ノーベル平和賞を受けた初のアメリカ大統領オバマは、受賞演説のなかで「平和とは単に軍事衝突がない状態ではなく、個人の固有の権利と尊厳に基づく平和でなければならない」と宣言し、「平和」に留保を付けた。当然だと思う。
 
 日本列島をいま以上のデモが席巻した1960年代後半、焦点はベトナム戦争だったが、デモ参加者の多くは単純に平和を叫ぶほど情緒に流されなかった。、軍事大国アメリカを向こうに回して、「傀儡政権の平和」を拒否するベトナム人民の戦いを断乎支持していたものだ。世界最大の兵力を誇る隣の全体主義国家の「力づく」を許してもなお無抵抗でいること、それは言ってみれば「奴隷の平和」に過ぎない。そんなものを押し付けられるのは真っ平ごめん、という人たちは、いまは街頭に出てきていないが、だからといってその数は侮れない。

情緒的理解を越えて…イスラム国による邦人人質殺害

Posted by Ikkey52 on 05.2015 世界   0 comments   0 trackback
 世界が互いに仲の良いたくさんの村からできているかのような言説は、児童の情操教育の一翼を担うおとぎ話なら許されるかもしれない。しかし、ウソはウソだ。自称「イスラム国」による日本人殺害はそのことを如実に示した。現実は至ってシビアだ。汚れていない水を飲めるのは世界人口の一握りで、残りは泥水を啜っている。人が人を家畜として扱う奴隷制が地上から撲滅されたと考えるのはおめでたいし、法の支配が及ばない地域などは枚挙にいとまがない。インターネットの普及で日々の情報量を激増させた現代人だが、成層圏からは青く輝く希望の星に見える地球も、アップで見ればどす黒い痘痕(あばた)に覆われていることを忘れがちだ。

 湯川氏、後藤氏の死は、程度の差こそあれ、ともにある種の自殺だったのではないか。
湯川は実際過去に自殺未遂を起こしている。壮絶ないじめ体験を持っていたと語られている。何度もやり直してみたものの、人生うまくいかない。「やり直せるだけ、まだましだ」と自己規定できれば救いはあったが、そうできないほど、精神が下流に流されていたのか。誰が敵で誰が味方かさえ判然としない、最も危ない戦場に「民間軍事会社」事業の夢をかける…。その発想自体常軌を逸しており、死に急ぎの病理の表れだ。したがって、彼の生殺与奪の権利がイスラム国に握られ、衆目の中で命を弄ばれる数日がなければ、湯川の死は家族友人を悲しませはしたものの、ことさら大袈裟に論じられずに済んだ。

 後藤は湯川救出を目的に現地に入ったとされる。湯川の精神が病的であるのを知ってのことだろう。後藤は湯川と違い、現地の危険性について職業柄十分な知識を持っていたとの証言が多い。ただし、時々刻々互いの勢力範囲が動くような憎悪むき出しの戦場では、安全な退路が確保できない。退路の確保なしに踏み込んでしまった戦場では、ジャーナリストの経験知など気休めにもならない。とすれば、後藤の死は殉教型の自殺だ。多額の誘拐保険加入もその傍証だろう。ただ、ある種の殉教だったとして、殉ずる対象が何であったか、報道を総合して考えても、自分にはその正体がいまだにわからない。はっきりしているのは動画で残された後藤の遺言だ。「何があっても自分の責任。シリア人のことを悪く思わないで」。彼の意識のなかでシリアの範疇にイスラム国が含まれていたのは疑いない。

 東日本大震災のときもそうだったが、きれいごとと情緒的言説の洪水のなかで、出来事の本質が見えにくくなっている。ヨルダン軍パイロットと女死刑囚の処刑の応酬を受けて、常識人を自認する人たちは自制を声高に訴えはじめたが、それとバランスを取るように後藤を「平和愛好者のシンボル」に仕立て上げ、やっきになって情緒的美化に励む。なんとも空々しい。こんなとき自分は「ニヒルな観察者」辺見庸の言葉を探してみることにしている。
 
 「やつらが野蛮というなら、サイクス・ピコ協定はもっと野蛮ではなかったか。やつらが極悪非道というなら、米軍のイラク爆撃はその数万倍も残忍ではなかったか。ファルージャでなにがなされたか」。http://yo-hemmi.net/
 辺見によれば、イスラム国の製造元こそ何を隠そう欧米だ。
 サイクス・ピコ協定とは第一次大戦後、オスマン帝国の版図に手を伸ばした連合国の英仏露が、勝手に相互の勢力圏を定めた秘密協定を指す。その線引きでは、地域の民族や部族、歴史、宗教や宗派の一体性が何ら考慮されなかった。いまも中東各国の国境線はこの秘密協定の名残をとどめる不自然なものであり、だから中東では紛争が絶えず、政情が常に不安定になっている。
 イラク戦争に至っては攻め込んだアメリカとその同盟軍に大義名分さえなかった。フセイン政権には大量破壊兵器などなかったからだが、結果としてイラクの主要都市を空爆して瓦礫にし、ありったけの憎しみを置いて行った。  
 
 すでに明るみに出たことも多いが、隠されていることもまた少なくない。例えば、湯川・後藤ケースを端緒にした報復感情の世界的拡散は、中東の利権確保を続けたい欧米にとっては渡りに船だということ。特にアメリカにとって願ってもない世論操作効果になったことなどだ。安っぽい正義感にも、陳腐なセンチメンタリズムにも絡め捕られることなく、真相を見極めねばと思う。

南スーダン…世界一新しい国は難解な方程式を解けるか

Posted by Ikkey52 on 07.2014 世界   0 comments   0 trackback
 「国境なき医師団」の広報誌『ACT!』14年4月号によると、南スーダン北部の町ランキエンでは、避難民の流入で町の人口が平時の3倍になり、「国境なき医師団」の診療所に来院する患者は4倍と急増している。首都のジュバにあるトンピン難民キャンプは収容枠の5倍を越す難民が押しかけ、衛生状態が悪化、下痢、マラリア、はしかなどの感染症患者が増えている。特に5歳未満の子がはしかで死ぬケースが目立っているという。

 南スーダンは2011年に住民投票でスーダンから分離独立した世界で最も若い国だ。住民投票というと、政権交代があったウクライナ政府と一切話し合いのないまま、怪しげなロシア「復帰」を果たしたクリミアを連想するが、周辺国間の包括合意で独立した南スーダンは国連加盟も認められ、国際社会はこの生まれたての国を応援しようという空気のなかにあったはずだ。南スーダンでなにが起きているのか。

 現象的に見れば、出身部族の異なる正副大統領間の離反、反目、ヘゲモニー争いということらしいが、この国の北部にはアフリカ有数の油田地帯があって、これを政府軍と反乱軍が取り合っている構図だ。Newsweek電子版は「世界最貧国の1つでもあり、石油の領有権をめぐってスーダンと敵対するこの国が成功する見込みは最初から薄かった。国家崩壊の兆候をみるチェックリストがあれば、すべてに印が付くような状況だ」と手厳しい。
http://www.newsweekjapan.jp/stories/world/2014/01/post-3154.php

 分離前のスーダンでは、政治対立、部族対立、地域対立を火種として第一次内戦が1955年から17年間、第二次内戦が83年から20年間も続いてきた。事実上、内戦の泥沼に逆戻りした南スーダンには、独立当初から国連南スーダン派遣団が送られ、現地で平和維持活動にあたってきた。これには自衛隊も参画している。現地韓国軍の差し迫った要請に応えて、現地自衛隊が弾薬を融通したのに、韓国政府から謝意ひとつ示されなかった件は、こじれきった日韓関係を象徴する出来事として、日本で大きく報じられたが、これも南スーダンPKOの一コマだ。

 「南スーダン」をキーワードにYAHOOニュースを検索すると、「戦闘で500人死亡か 13年12月18日 」、「反乱軍が油田制圧? 13年12月22日」、「 5万8千人が避難 13年12月27日」、「 政府が停戦合意 13年12月28日」、「停戦合意も交戦 14年1月1日」、「停戦見通したたず 14年1月9日」、「 子どもの悲劇急増 14年1月14日」など、全く救いがない。

 「国境なき医師団」は、南スーダンで今年2月半ばまでの2か月間、3333人の現地スタッフ、333人の外国人スタッフを動員、医療援助物資234トン以上、清潔な水1200万リットル以上を供給したが、現地診療所自体が攻撃や略奪の対象になることもがあり、オペレーションは困難を極めているようだ。今も一日約1000人が国内外に難民となって住み慣れた土地を離れている。かつてアジアでは「民族自決」が反植民地主義の合言葉になってきたが、アフリカでは旧宗主国の都合で敷かれた人為的国境と部族間の分布が一致せず、統治の方程式は一層複雑になる。南スーダンという国もまさに難しい方程式が解けないまま船出したわけで、国連PKOが瀕死の新生児の生命維持装置に見えて仕方がない。
  

プロフィール

Ikkey52

Author:Ikkey52
ジャーナリスト 札幌生まれ
父方は、奈良十津川郷系+仙台伊達藩亘理系。母方は東三河豊橋系+肥前鍋島藩系+加賀藩系

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