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日韓古代史解釈と国益~室谷克美史観を巡って~

Posted by Ikkey52 on 05.2013 歴史   0 comments   0 trackback
 江戸時代は、日本の森林が荒廃した時代だった、と聞くと意外な気がする。太田猛彦・東京農大教授の『森林飽和』によると、日本的郷愁の代名詞である「兎追いしかの山」も禿山になっていたという。確かに、広重の浮世絵、「東海道五十三次」の背景を見ると樹木は疎らにしか生えていない。いまほど樹木が濃密に山肌を覆っている時代はないというのは、目からウロコだ。

 同様に、日韓の古代史を巡る私たちの「常識」も疑ってみる必要がありそうだ。強烈なテンションで問題提起をしているのは室谷克美の『日韓がタブーにする半島の歴史』。3年ほど前に出てかなりの話題を呼んでいたことは知っていたが、ヘイトスピーチが得意な連中のバイブルになっていた様子があって、これまでなんとなく手が出なかった。実際に通読してみると、たしかに感情的に思える筆遣いが見えるものの、私たちが歴史認識の空白を埋めないまま過ごしてきた、ある重要な部分にズバリと踏み込んでおり、またしても、自分の浅学を思い知らされることになった。

 日本の古代を探る手がかりとして、私たちは日本書紀や古事記を持っている。もちろん、神話は神話に過ぎないが、虚構と史的事実を選り分ける研究は古くから続けられており、論議も自由になされている。半島には、時代的に日本書紀や古事記に対応する文献は残念ながら現存しない。しかし、ずっと後の12世紀になって、当時の半島の統一政権、高麗の王17代仁宗が、第一級の儒家だった金富軾らに命じて、三国時代(新羅・高句麗・百済)から統一新羅末期までに残された第一次資料を読み込ませ、自分たちの古代史として編纂させた『三国史記』という大著がある。仁宗が金富軾に「恥部も曝け出して後世の勧戒になるような正史を作れ」と命じていたことを重く見て、室谷はこれを日本書紀や古事記に匹敵する重要文献と捉える。
 
 時事通信の特派員としてソウル駐在が長かった室谷は、中国の歴史書『新羅伝』、『魏書・高句麗伝』、『魏志倭人伝』のほか、官撰の『三国史記』に次いで古い高麗の野史(非官撰)『三国遺事』などを、この『三国史記』の読解にあたっての資料批判に援用しつつ、「諸民族が混在していた半島南部では倭種(渡来してきた日本人)が政治指導者になっており百済の初代王もそうだった」とした。また、「農業技術や文化がことごとく進歩した半島から、未開の列島へもたらされた」という定説は大嘘であると断じるだけでなく、むしろ日本固有とされる前方後円墳が半島南部で幾つも見つかっていることなどを傍証に挙げながら、文明は列島から半島へと流れていたはずだ、と主張する。

 特に稲作については、静岡大学の佐藤洋一郎教授がDNA分析に基づいて、半島では見つかっていない中国固有の水稲種を日本の2200年前の遺跡から発見し、大陸から半島を経由しないルートがあった動かぬ証拠をつかんだ。「勝負あった」の感じがする。科学であるから、「定説」は改められなければならないが、公式な歴史認識ということになると、国益というやっかいなものに絡ませて急に聞く耳を持たなくなるのは、何も韓国だけではない。いや、誰が他国を笑えるか。この列島の国にしても、自虐史観の呪縛から自由な人はまだ多数派になっていないし、皇国史観を信奉する若い世代さえ出現しているのだから。
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Author:Ikkey52
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