FC2ブログ
Loading…

森功「地面師」……「捜二」泣かせの知能犯

Posted by Ikkey52 on 01.2019 書評・事件   0 comments   0 trackback
 大手デベロッパーの積水ハウスが、東京・五反田にある休業旅館「海喜館」を舞台にした土地取引詐欺にひっかかり、55億円もの被害に遭った事件。警視庁が一斉摘発に動き、容疑者らが芋づる式に捕まるなかで、ひとりフィリピンに高跳びした「カミンスカス操」なる妙な名前の男が印象に残る。

 現地の豚箱のなかの「カミンスカス操」の映像が報道されたが、観念しているようすが微塵もなく、かえってふてぶてしい。犯罪常習者の臭いはプンプンだが、ひょっとしたらこの男、日本で裁判に掛けられても、最終的には無罪になると高をくくっているのだろうか……、そんな気さえした。

 日本の警察で知能犯を扱う捜査二課系でも、地面師の摘発は特に難関といわれる。いうまでもなく、警察にとって民事不介入は大原則だが、地面師の暗躍の場は民間の土地取引だからだ。価値の高い物件になれば、それをより安く買いたいとの心理が働き、逆に売り手はより高く売ろうとする。

 野菜や魚を店先で販売するわけではない。庶民の個人資産をはるかに超えた金額がやり取りされる。したがって、土地売買の現場では、犯罪すれすれのあらゆる権謀術数が渦巻く。最終的には所有権移転登記という法律行為で終わるのだから、そこには弁護士や司法書士の介在は当然として、彼らが厳正な法の番人とは限らない。売り手買い手の意を呈して有象無象の仲介者やブローカーも刺さり込む。

 となれば、書類を偽造したとか、地主に成りすましたとか、策を弄して人を騙したことが明々白々な役目を除けば、だれが真の加害者で、誰が無辜の被害者か、弁別するのは相当に骨が折れる。凶器の包丁を眼前に見せ、お前がやっただろ、白状しろ、といった粗暴犯の取り調べのようにはいかない。

 まして地面師の大物ともなれば、綿密な犯行計画を立案し、自分はほとんど表に出ないことも可能だ。犯行計画の全容など知るすべもない生活困窮者、認知症気味の老人らが、ハシタ金に釣られて犯行グループの末端として利用される。

「カミンスカス操」こと小山操は、積水ハウス事件の主役の一人らしい。先にも述べたが、実際の犯行現場(契約を交わす銀行会議室や法律事務所の個室)と直接の関りが薄ければ薄いほど、容疑を固めるのは難しい。小山は2000年代半ばまでマンションデベロッパーとして名を馳せた某企業の財務部長出身という。やはり、最終無罪を確信しているはずだ。

 著者の森功は犯罪ノンフィクションを書かせたら今の日本では第一人者。込み入った犯行を分かりやすく解き明かしているうえ、被害者なのか加害者なのか、取材する側もよく見極められない、そんな人物にもしっかりアプローチしている。
スポンサーサイト



父は慰安婦問題捏造の詐話師…現状に堪えかねた息子が動いた

Posted by Ikkey52 on 14.2017 書評・事件   0 comments   0 trackback
 「強制連行された朝鮮人慰安婦は8万4千人」。そう類推した元毎日記者、千田夏光の『従軍慰安婦』(1973)を、古本屋で手に入れて読んだのはまだ20代のころ。ショックだった。そして正直に告白すれば、千田の指摘をかなり長いこと露ほども疑わなかった。いまではトンデモ本の類いだったことがわかっている。著者の千田本人も上梓後「書き過ぎた」と不安に駆られたのではないか。「強制連行の実行者」として吉田清治が名乗りを上げたとき、真っ先に連絡してきた職業ライターは千田だったという。

 かといって、千田本がいわゆる従軍慰安婦問題を燃え上がらせたのではない。日本現代史の泰斗、秦郁彦が「職業的詐話師」と呼んだ吉田清治こそ真の“放火犯”であり、火勢が弱まらないよう、次々と新たな虚言で火に油を注ぎ続けてきた“愉快犯“だった。そんな吉田に重い十字架を背負わされた長男が、せめて亡父の恥の象徴を後世まで残したくないと、ついにこの春、行動を起こした。大高未貴著『父の謝罪碑を撤去します』を読んで、長男の苦衷を察しない者はいないだろう。

 北関東在住の長男は翻訳を生業にする67歳。若いころから働きずくめで、病身だった母と弟を看取り、収入の安定しない父を養ってきた。それでも自分の殻に閉じこもることなく、地域の自治会で事務方を長く引き受け、東日本大震災では被災地ボランティアに繰り返し通うような高い公共意識の持主。慰安婦問題がここまで拗れなければ、平凡な一市民として静かに暮らせたはずで、なぜ実名で取材を受けないのか、と問うのは酷だ。

 吉田清治の罪はどれほど深いか。「たった一人の詐話師が、日韓問題を険悪化させ、日本の教科書を書き換えさせ、国連に報告書までつくらせたのである。虚言を弄する吉田という男は、ある意味ではもう一人の麻原彰晃ともいえないか」。かつて吉田に言及した猪瀬直樹の形容がすべてを物語っている。もちろん、吉田の虚言に便乗し、事実に目をつぶって、政府の認識不足を叩く格好の道具として利用したマスメディアも同罪だ。ただし、権威ある日本の報道機関は、3年前の朝日新聞を最後に、吉田証言に基づく過去の関連記事をほぼすべて取り消している。後世に残って困るのは、父が生前、印税をつぎ込み建立した謝罪碑だ、と長男は考えた。

 その謝罪碑は韓国・天安市の見晴らしのいい墓苑にいまもある。碑文は、吉田が架空の元「労働報国会動員隊長」の肩書で、戦中の強制徴用に手を染めた自分の罪を認め、謝罪する内容で、黒い大理石に彫られていた。除幕式があった昭和58年12月、吉田は碑の前で土下座のパフォーマンスまで演じている。その年の夏、吉田は済州島で200人の女性を拉致したと証言する『私の戦争犯罪』を上梓しているのに、碑文に「慰安婦」の文字は全くなかった。例によって辻褄が合わない。

 長男は、交渉事に強く行動力に富む沖縄在住の元自衛官を頼り、代理人に立ってもらって、墓苑管理者に問い合わせたところ、17万5千ウォンを支払えば、墓や碑に関わる工事はなんでも管理者側でやってくれることを確認した。ただ、謝罪碑の現状変更計画が事前に韓国側に漏れれば、「反日無罪」の国柄であり、どんな妨害に遭うかわからない。造作の変更に違法性がないのであれば、碑の所有者の相続人にあたる者が自己責任で工事を実施し、届け出を後回しにしてもルールを破ることにはならないと長男側は理解した。

 撤去のための重機持ち込みは目立ち過ぎて不可能だ。そこで代理人は、本文を省きハングルで「慰霊碑」とだけ彫った大理石板を夜陰にまぎれて運び込み、謝罪碑の上からぴったり重ね、専用の接着剤で剥がせないようにした。建立者名も架空の肩書付の「吉田清治」から、「吉田雄兎 日本国 福岡県」と本名に改めた。

管理者への届けは日本から郵送で行った。しばらくして韓国警察から代理人に出頭要請の電話が入った。代理人が「出頭する以上、容疑は何か知りたい」と聞き返したところ、先方は口ごもった。後続の連絡に対しては「公共のものを壊したというのなら、謝罪碑はいつ建立者の吉田から墓苑に寄贈されたのか、証拠で示してほしい」とも伝えた。返事はない。

 「日韓双方の皆様方に、父の虚偽証言を再度、謹んでお詫び申し上げます」。本書の結びに、著者の大高は、読者にぜひ伝えてほしいと長男から頼まれた言葉を掲げ、取材時の約束を果たした。掲載写真によると、いま新しい慰霊碑には、誰がやったのか、黒いビニールが掛けられ、文字を読めなくしてある。黒いビニールが隠しているのは、「大理石に刻まれた文字」ではなく、実は「事実」それ自体であることに、まだ気づかない人間がいる。「事実」のまえには、日本も韓国も、右も左もないではないか。自分がネットで調べる限り、現在まで韓国の主要メディアは、吉田清治の「謝罪の碑文」を長男が書き換えた件を、足並み揃えてほぼ黙殺している。

サイバー戦からどう平安を救うのか…土屋大洋『暴露の世紀』が問うもの

Posted by Ikkey52 on 15.2017 書評・事件   0 comments   0 trackback
 日本のテレビ放送で機材のデジタル化は、伝送のデジタル化よりずっと早く、東北に遅れて開局した小さな民放で初めて実現したといわれる。手に持てばしっかりと質量を感じるβマックステープから編集機に取り込まれた映像は、質量のないデジタル信号に変えられて編集され、システムの中を流れてアナログ放送波に乗った。完成品を手に持って質量を確かめられなくなった。このとき担当者はきっと、ある種の「こころもとなさ」に押しつぶされそうだったのではないか。

 デジタル情報の交信がすっかり当たり前になった現代では、金銭のやり取りさえ暗号化を前提に誰も躊躇しない。不特定多数に対して極論を吐きたいとき、匿名性を前提にSNSを使えば自分は傷つかない。世の中が少しずつデジタル化していった過程を実体験として知る世代も、当初感じていた「こころもとなさ」を忘れかけている。

 デジタル情報は何度コピーしても劣化しないし、コピーのスピードもアナログ情報とはくらべものにならない。しかしその利便性は、「盗まれていることに気づかない」という盲点を生む。ウィキリークスはオーストラリア出身のハッカー、ジュリアン・アサンジが2006年から主宰する機密暴露のためのウェブサイトだが、約25万点もの米国公電コピーを持ち出してタレこんだマニングという男によって知名度を上げた。マニングはインサイダーだった。

 ハワイにある米国家安全保障局のブランチに出入が許されていたサイバーセキュリティ請負会社の契約社員エドワード・スノーデンが、トップシークレット文書の持ち出しに使ったのはありきたりのUSBメモリーだった。スノーデンは英ガーディアン紙など世界の主な報道機関に持ち出した文書のデジタルコピーを渡したが、それにもUSBメモリーが使われた。スノーデン事件は何の後ろ盾も持たない個人でも国家と渡り合えることを示した確信犯のケースだ。パナマ文書の暴露主は不明だが、やはりインサイダーと見ていい。

 土屋大洋の『暴露の世紀~国家を揺るがすサイバーテロリズム』は、IT革命の果実であるデジタル情報の地球規模の送受信が、実は相変わらず「こころもとないもの」であることを、再認識させようという意図で書き上げられた。

 海底ケーブルというと、いかにもアナログなものに思えるが、デジタル通信の99%までが海底ケーブルを通じて海外とやり取りされている。海底ケーブルこそ現代世界の神経網であり、それが切断されれば世界は大混乱に陥る危険がある。また、情報を海底ケーブルから抜き取りあう形で、大国同士のサイバー戦が活発に展開されてもいる。

 中国の軍事技術が急速に進歩したのは、アメリカへのハッキングの成果だとされる。恐ろしい話ではないか。独裁国家は監視社会化をさらにすすめ、手の内を隠し続ける。そんな中で、民主国家は個人のプライバシーと国家安全保障の間でどうバランスを取るのか。自由な社会であればあるほど、テロリストに暗躍の余地が生じる。答は簡単に見つからない。

現場写真を執拗に分析…加藤康男『張作霖爆殺事件』

Posted by Ikkey52 on 21.2016 書評・事件   0 comments   0 trackback
 極東国際軍事裁判(東京裁判)で裁きの対象になったのは、昭和3年に起きた張作霖爆殺事件(満洲某重大事件)から太平洋戦争終結までの日本の諸罪科だ。その起点となった張作霖爆殺については、日本政府も陸軍中央も一致して、関東軍高級参謀の河本大作大佐に率いられた一部軍人たちの手によるもの、と早々と極秘裏に断定した。それを補強する河本本人の「自白手記」などもあって、戦後も長く事実と信じられ、争いはなかった。

 異論を提示したのはユン・チアン、ジョン・ハリデイ共著の『マオ』(2005年)。だが、同書が指摘したコミンテルン関与説は、のちにトロツキー暗殺に関与するスターリンの大物工作員ナウム・エイチンゴンの実名を挙げるところまでで、その論拠すらはっきりしなかった。それでも波紋は広がった。当時、スターリンのソ連が満洲利権に日本に勝るとも劣らない強い関心を抱き、しかも張作霖を邪魔者視していたことを踏まえると、コミンテルン関与説など全くありえない話、と一笑に付すわけにもいかない。

 自分は興味の赴くまま、関連のありそうな書籍が出るたび、性懲りもなく飛びついてはきたが、期待はことごとく裏切られた。そして結局、ソ連の崩壊とそれに続く混乱の一時期、封印が解かれたはずのクレムリンの極秘文書に当たらない限り、コミンテルン関与説は永遠に裏付けを欠くしかないと、半ばあきらめていた。

 目を覚ましてくれたのは、加藤康男著『謎解き「張作霖爆殺事件」』だ。この著者は、イギリスの在外公館が古くから各国でかなり高度な諜報活動を展開してきたことに注目し、事件とは直接関係のないはずのイギリスの公文書館で関係資料を探した。関東大震災に伴う朝鮮人虐殺の実態追究にもこの人は同様の手法を取っていたので印象深い。関係国以外の国の出先機関が、本国に事件概要を報告する場合、その内容は関係国のものに比べ客観性が担保されやすい。それが効果的だった。

 加藤康男についてもう一点。この人は集英社の編集者出身だが、その後恒文社に転じ専務を経験している。プロ野球ファンなら誰でも知っているベースボール・マガジン社と事実上一体の恒文社は、実はプロ野球とは縁もゆかりもない東欧・ソ連方面に強く拘泥している不思議な出版社で、そのせいか、加藤は張作霖爆殺の資料を求めてモスクワやブルガリアの首都ソフィアを歩いている。誰かに是非やってほしかったことを、ようやく加藤がやってくれた気がする。
 蛇足だが、加藤の妻はノンフィクション作家の工藤美代子で、恒文社創業者の池田恒雄の娘にあたる。恒文社の東欧・ソ連への傾きは創業者池田の趣味の反映だったといわれ、高卒後の工藤が、チェコスロヴァキアのカレル大学という意外なところに留学したのも、おそらく父の関与によるものだろう。

 寄り道しすぎて、内容を紹介する紙幅が尽きた。あえてかいつまめば加藤は、①満洲問題の解決のために張作霖殺害を決意し、犯行が露見することも恐れぬ河本ら関東軍の一部と、②国民党と敵対する張作霖政権の中枢にありながら、国民党に秘密入党していた息子の張学良ら、③そして①と②を利用して爆殺計画を遂行し、かつ日本側に責任を負わせることを狙ったソ連側工作員の高度な作戦として、事件が起きたと見立てる。
 
 論証のキーとなるのは現場写真と爆破後の現場見取り図。それらと数々の証言、手記の徹底比較が、今の資料水準ではまだ推論でしかないものに、大きな説得力を与えている。特に現場写真は一葉、二葉であれば作為の可能性もあるが、重要人物の謀殺という事件の性格に比して、残された「決定的瞬間」の枚数は少なくなく、その出所も様々だ。映像記録は、近現代史でなければありえない重要なファクターであり、それを執拗に分析しつつ筆をすすめたあたりは、第20回山本七平賞で奨励賞を受けたのも、故なきことではないと見た。

匿名性と「正義」の罠 ~安田浩一『ネット私刑』

Posted by Ikkey52 on 24.2015 書評・事件   0 comments   0 trackback
 相手を選ばない辛口の物言いと、一国の大統領夫人だった稀有な経歴…。デヴィ夫人のブログをのぞくと、バラエティ番組の売れっ子としての地位は、いまもまったく安泰に見える。そのデヴィ夫人が、兵庫県に住む見知らぬ女性から名誉棄損の損害賠償請求訴訟を起こされ、解決金の支払いと全面謝罪に追い込まれていた(大阪高裁の控訴審で和解・2014年7月)。

 滋賀県大津市で11年10月に起きた中2男子生徒のいじめ自殺を巡り、ネット上では加害側生徒やその関係者のあぶり出しが過熱したが、デヴィ夫人は人違いの情報(いわゆる誤爆)に反応し、事件とは縁もゆかりもない女性を加害少年の母と決めつけて写真や勤務先を自分のブログに掲載した。ブログにはご丁寧にも「加害者さがし」を謳ったものだから、それまで一日数万の検索数が数百万になったという。誤爆情報の拡散に弾みをつけた責任は軽くない。

 ただでさえ、不寛容な気分が蔓延している時代。個人情報保護法が情報を持つ側に恣意的に利用され、知る権利を行使しにくくなっている時代。その欲求不満を解消するかのように、メディア特性である匿名性を最大限に生かして、ネットが幅を利かせるようになった。刑法も少年法もネットの前では何の役にも立たない。ネット住民が刑事となり、検事となり、やすやすと取材者・報道者になり、往々にして判事にもなる。もっと怖いのは、メディア・リテラシーを持たないネット住民が刑場の執行官を任ずることだ。

 大宅賞ライター、安田浩一の『ネット私刑』によると、お笑い芸人、スマイリーキクチは、ネット上で「殺人犯」とされ、10年以上苦しんできた。1989年に都内で起きた女子高生コンクリート詰めリンチ殺人事件の犯人のひとりと名指しされたのだ。真犯人らはいずれも犯行当時未成年で、逮捕後も少年法に守られていたが、そのことと残忍な犯行の容態との落差は大きく、実名が報じられないことに人々の不満が高まった事件だった。
 スマイリーキクチに対する最初の書き込みは面白半分だったと思われるが、「しかしネットにおける『噂話』は、書き込まれた瞬間から『事実』に進化する。そして燎原の火のごとく拡散する」(安田同書)。手の付けられない炎上に警察も無力だった。不快、不愉快では「被害」と認められない。「殺されたら捜査しますよ」と悪い冗談も言われた。孤立無援である。

 ところが、スマイリーはやっとまともな刑事と巡り合う。中傷が特に悪質なネット発言の主を19人探し出して、警察への出頭を命じ、一人を脅迫容疑で逮捕する。男も女も未成年も中年もいた。すると風向きが変わった。面白いのは、中傷に手を染めていた19人のうち、単純な愉快犯はただ一人。他の全員がスマイリーキクチをリンチ殺人の犯人だと信じて疑わなかった。正義を行使しているつもりが中傷と脅迫を生んでいることに全く無自覚なのだ。しかも、摘発に対しては、反省を示すのではなく被害者意識ばかり。中傷されたスマイリーに謝罪しようとする者は一人もいなかったという。「ネットに洗脳された」、「さきに書き込まれた情報が悪い」と。

 安田はいう。「たかがネットの書き込み、では済まされない。ネットの悪意は生活を脅かし、人間を絶望に追い込み、そしてときには命さえ奪う」。「現実社会で口にできないことは、ネットでも書き込むべきではない」。いやな世相になっている。
  

プロフィール

Ikkey52

Author:Ikkey52
ジャーナリスト 札幌生まれ
父方は、奈良十津川郷系+仙台伊達藩亘理系。母方は東三河豊橋系+肥前鍋島藩系+加賀藩系

ショッピング

トラベル

オークション

最新トラックバック

ラビリンス

デラシネ通信

ブログランキング

ブログランキング

検索フォーム

ブロとも申請フォーム

QRコード

QR