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舛添炎上と駒ヶ岳男児生還に見る「謝罪と恥」

Posted by Ikkey52 on 08.2016 事件・事故   0 comments   0 trackback
 右を見ても左を見てもメディアは舛添追及一色だ。何が問題になっているのか、それすら霞んでしまいかねないほどの怒りと批判の大嵐が吹いている。被告席の当人が都知事という公職にあって、ダンマリを決め込むわけにもいかず、公の場で苦しい弁明を重ねるのだが、それがまた中学生にも笑われそうな幼稚きわまる作り話にしかなっておらず、かえって墓穴を掘るという悪循環が続く。

 だいたい周囲360度を敵にまわしての謝罪とは、捨て身、赤心でするものだ。見え透いた言い逃れの臭いがするものは、顕微鏡的な細かさで排除する必要がある。謝罪もまたひとつの交渉術だとすれば、問われるのは心情そのものであって理屈でない。どのみち、せこい話には違いなく、笑いものになるのは覚悟だ。それにしても、「国際政治学者」なる怪しい肩書きを自称した一介のテレビタレントから身を起こし、参院議員に当選し、厚労大臣まで無難に務めながら、寄らば大樹の自民党が賞味期限切れと見るや、離党を躊躇わず、ミニながら一党を興し、率い、機を見るに敏、苦楽を共にした小党の仲間をあっさり袖にして、電光石火、中堅国家元首並みの予算や権限を握る都知事に転じたほどのやり手であるならば、全うな助言、諫言をくれるアドバイザーやブレーンのひとりやふたり、いて当然と思うが、そうでないならやはり、人徳の問題が決定的なのだろう。

 舛添追及で一躍スポットライトがあたっているのが全国的には地味な存在の都議会議員たちだ。傍聴席満席、記者席も満席という願ってもない檜舞台になった議場で得々として知事に質問をぶつける姿は勇ましいが、ちょっと待ってほしい。石原慎太郎知事時代、実態としては週に数日の登庁だったのを許し、自邸での小説書きを黙認してきたのはどこの議会だったか。猪瀬直樹知事時代、不明朗な金銭のやり取りがあった徳洲会グループ系施設に10億円弱もの補助金と委託料の支給をスルーで認めたのはどこの議会だったか。都知事三代にわたってチェック機能を果たせなかった情けない議会なのだ。舛添の週末別荘暮らしを今更責めるのは、自分たちの目が節穴だったという恥をさらけ出して居直っているわけで、人としてむしろあさましい。

 謝罪と恥に関してもうひとつ、駒ヶ岳の男児不明報道で感じたことがある。田野岡大和くんの父親は当初、しつけのため置き去りにしたことを隠し、山菜取りで息子とはぐれたとウソをついたが、「世間体を考えてしまった」と正直な告白に転じた。恐縮しきって詫びる父親の表情には、警察や捜索関係者を一時的にせよ裏切ってしまった悔悟と、我が子を案じる苦悩に満ちていた。大和くんが奇跡的生還を果たすやいなや、世論が「ともあれ無事に戻ってきた」と素直な安堵に傾き、父親批判が急速に鎮静化していったのは、そのためだろう。

 一方、母親のほうは、自分がテレビで見る限り、一切報道対応はしていないし、捜索現場で終始、帽子とマスクで顔を隠していた。捨て身、赤心の意味を知らない人だ。恥の感覚の深さはわかるが、自分の恥ずかしさより、真夏並みの暑さの中、肌寒い小雨の中を深い森まで分け入ってくれた捜索隊には素顔を晒して誠意を見せるべきだろう。驚いたのは、大和くんが市立函館病院を退院したセレモニーの場でも、目深に帽子をかぶり、マスクを外さなかったこと。特別の計らいを受け、お世話になった病院関係者に頭を下げていたが、確かに多くのカメラに囲まれていたとはいえ、顔を隠したままで何の謝罪と感謝か。少なくとも分別ある大人のマナーではなかった。
 大和くんが父親の運転する車を下される直前、車内にいた家族とどんなやりとりがあったのだろうと考えてみる。父親が激高し母親がしぶしぶ同調したのか。たしかに公許のストーリーでは父親が悪役になっているが、自分にはその逆だったような気さえする。

 蛇足になるが、捜索現場で取材にあたったソースから、情報番組の出演者として現地入りしていた事件レポーターの元刑事が、田野岡家と入魂の関係を築き、他の報道陣に対して囲い込む動きをしていたと聞いた。事実とすれば聞き捨てならない。
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雨のち凍結、「スケートリンク道」の恐怖

Posted by Ikkey52 on 23.2014 事件・事故   0 comments   0 trackback
 札幌で22日朝、登校中の児童4人が歩道に乗り上げてきた軽乗用車にはねられ、2人が足を骨折する重傷、2人も軽傷を負った。自動車運転死傷処罰法違反で現行犯逮捕された北区の会社役員(53)は「わだちで右にハンドルをとられ、左に切ったら左側歩道に乗り上げた」「時速30~40キロで走っていた。ブレーキが利かなかった」と話しているという(朝日 21月22日朝刊 北海道12版)。なぜ、この記事に目が留まったのか。実は自分自身、この前日に恐ろしい体験をしたからだ。

 所用で自宅から20分ほどの街まで車を運転した。用が片付いたら近くの店でヒルを済まして帰るつもりで、角地の小さな有料駐車場に車を乗り入れた。出入口から見て、奥の列に5台、手前の列に4台、つまり9台で満車の狭い場所だ。すでに停まっていたのは3台。出入口正面奥に並んで2台、手前横に軽自動車が1台だった。出入口から遠い側は、手前、奥とも空いている。そっちへ停めよう、おぼろげに考えてハンドルを切った。もちろん狭い空間で、最低の速度しか出していない。切り返すつもりでブレーキを踏むと、これがまったく利かない。車はハンドルを切った方向ではなく、ひたすらまっすぐ前にむかって滑った。信じられなかった。前方に鉄パイプを組んだフェンスが迫った。あわや、と思ったとき、フェンスぎりぎり数センチのところで車が止まった。

 前夜の札幌は雨だった。それが朝方からの冷え込みで路面はツルツル状態になっていた。駐車場内はさらにひどい。もともと強度の圧雪状態で一般路面よりデコボコがはるかに少ない。そこに雨が降り、その後冷えてスケートリンクのように光っていた。失敗だったと思った時には、もう簡単には駐車場を出ることすらできなくなっていた。後ろから2台がいつの間にかやってきていて、自分の車が所定位置に納まるのを待っている。プレッシャーは最高潮。それでも車は自由にならない。パニック寸前で、ようやく手前の列の一番端に停止することができた。すでにぐったり。

 用もそこそこだった。こんどは脱出を考えねばならない。予定通り食べ物屋ののれんはくぐったが、味わうどころの境地ではない。顔も蒼ざめていたはずだ。・・・正月を前にして車を傷つける。修理の費用も時間もかかる。いや、他人の車に当たればもっと厄介だ・・・。悪い想像だけが頭をもたげる。恐る恐る駐車場に引き返す。途中、横切る太い道を遠くまで眺めるが、滑り止めの砂の置き場などどこにも見当たらない。落胆して駐車場に近づくと、なんと短時間のうちに満車になっているではないか。何という不運。思わず呻く。

 駐車場内を歩くのも大難儀。手負いの兵士さながらに車から車へボンネット伝いに手を着き体を支えつつ、自分の車の運転席ににやっと乗りこむ。エンジンをかけ、落ち着こうと目を閉じるが、どう脱出すべきか策は浮かばない。ともかくブレーキはだめだ、それだけを誓う。入車時と違い、真向いにもゴツい車がある。前への直線的な滑りを避けるため、小賢しく切り返せば、周囲の車のどれかに当たるのは必定。動き出したらすでに一か八かだ。ブレーキのない車に乗ったと思って覚悟を決めねばならない。・・・出ない。速度が遅すぎて閉じた車止めを乗り越えっれない。二度目は少し勢いをつける。出口にむけて大きく右へと弧を描く車体。亀よりも遅いくらいに。反対側のフェンスが近づくが、なんとかハンドルを保持すれば切り抜けられそうに見える。ついに出入口。歩道半ばまで前輪が出た。無事に抜け出せたのは奇跡というしかない。全身の力が抜けた。

 しかし、と振り返ってみる。もし、出入口の歩道に通行人が来ても車体は止まらなかったはずだ。さしかかったのが身軽な若い人なら止まらない車に気づき、ぎりぎりで身をひるがえすこともできようが、老人なら確実にはねていた。超低速といえど足元は固い氷。軽くても骨折、打ち所が悪ければ命に関わったろう。空き地に造ってしまえば、無人料金支払機を置くだけでビジネスになるため、街中にはこの手の安手の駐車場があちこちにある。氷を削るでもなく、砂の一袋撒くわけでもない。利用者の安全に意を用いない、造りっぱなしの経営者の無責任には大いに腹をたてているが、嫌な感覚は丸2日経ったいまでも消えない。

辛坊クルー救出劇の真相とヨットマンの発想

Posted by Ikkey52 on 26.2013 事件・事故   0 comments   0 trackback
 競技ヨットは金も暇もないとできないスポーツと思うが、会社勤めとヨットレースへの挑戦を器用に両立させている友人がいる。彼からメールがあった。「(辛坊治郎クルーを)海自の飛行艇が救助したが、これはTVキャスターゆえの特別な扱いで行なわれたのだろうか。小生の場合にも海自か海保に連絡をとれば救助してくれるものなのかな」。さっそく、調べてみた。
 まず、なぜ海上自衛隊が登場したのか、という疑問だ。原則として、海上で沈没の恐れがあり、人命に危険が及んでいる場合があれば、救助活動を担うのは一義的には海上保安庁だ。しかし、辛坊らが乗ったヨット「エオラス号」が遭難したのは宮城県金華山南東方沖約1200キロ。海面からの救助には通常ヘリコプターが必要だが、ヘリ搭載の巡視船が最寄りの母港から直ちに向かうとして2日はかかる。海保の限界だ。
 そこで、今回の場合、塩釜の第2管区海上保安本部が本部長名で、神奈川県厚木の海上自衛隊航空集団司令官宛てに「人命救助に係る災害派遣要請」を行ったというのが飛行艇出動の真相だ。
 防衛省の公開情報によると、まず第4航空群所属の哨戒機P-3Cが21日午前11時前に現場確認のため離陸。少し間をおいて午前11時半過ぎに第31航空群から国産の救難飛行艇US-2が飛び立ったが、波が高く着水できずに帰投した。二度目のトライは日没に間に合うぎりぎりとあって、哨戒機と飛行艇がほぼ同時に午後3時すぎに離陸した。別のソースは、現場海域の状況について、風速16~18メートル、波の高さも着水限度に近い3~4メートルだった、と推定している。リスクのある任務だ。クルー2人を救出は、防衛省情報によると午後6時14分だった。結局、救出作戦には都合4機が必要だった。
 「ブラインド・セーリング・プロジェクト」と名付けられた今度の航海は、全盲のセーラー岩本光弘と、彼の補佐役を自認するTVキャスター辛坊治郎の2人が、アースマラソンで間寛平の使ったヨット「エオラス号」に乗り組み、8200キロを走り抜けようという企てだった。2人の証言によれば、「エオラス号」は何かに衝突し、浸水したという。同プロジェクトのHPに公開され、海保にも提出されたという、浸水直前の映像を見ると、確かに何かが船底にゴツンとあたったような衝撃音に続き、ヨット上部の造作物が不自然に振動するのがわかる。ただ、波にもてあそばれて空中浮遊の状態になった船体が、海水に叩き付けられたときの衝撃も、ゴツンという感じにはなる。だから、自分のようなヨットの素人には何が起きたのか、判断のしようがない。ともあれ、辛坊という人とは、ずいぶん前だが、同業者の集まりで議論を交わし、グラスを交えた体験もある。個人的には、生還が成ってほっとした気持ちがある。
 「ブラインド・セーリング・プロジェクト」の企画主体となっている「プロジェクトD2製作委員会」は、辛坊のかつての所属先だった大阪・読売テレビ内にある。つまり、純然たるプライベートな努力のみならず、準キー局を含むそれなりの厚い企業サポートがあったのは想像に難くないが、だからといってそれが、今回の救助を「特別扱い」と決めつける材料にはならない。関係者によると、〈海保⇒海自〉の流れで救助作業がバトンタッチされるのは珍しくないからだ。しかも、海自の出番になってもそれは全能ではない。2人の乗組員は、幸運にも紙一重のところを助かったと考えるべきだろう。そんな自分なりの答を友人に返した。
 ヨットに乗る者の基本は「自己責任」で全て乗り切ることだという。現役ヨットマンである友人は、実は辛坊治郎ファンなのだが、と前置きししつつ、「だからこそ、巡視船が来るまでの2日間くらいは救命ボートで頑張って欲しかった」と返信してきた。海の男とは、サド、マゾいずれなのかわからないが、かくも厳しいものか。そして、いかにも芯の強そうな友人の顔を、あらためて思い浮かべた。

海底トンネルとバカ査定

Posted by Ikkey52 on 09.2012 事件・事故   0 comments   0 trackback
  「昭和の三大バカ査定」というのがある。国の財布を握る大蔵省(現財務省)の主計官がかつて、税金の無駄遣いの典型例として戦艦大和、伊勢湾干拓、それに青函トンネルを指してそう呼んだ。公金を打ち出の小槌と勘違いしているような利益誘導型政治家が跋扈して、官僚側がほぞを噛んでいた時代の言葉だ。
  たしかに青函トンネルは、いつまでたっても新幹線が走らないから、利便性を年々高める航空路の陰に隠れて存在感は薄かった。巨額を投じた見返りはあったか、と問われれば反論しにくかった。局面が変わったのは昨年秋。ようやく北海道新幹線着工にゴーサインが出たのだ。供用開始はまださきだが、青函トンネルにようやくリベンジの機会が回ってきそうだ。

  北海道の福島、青森の竜飛、双方から掘り進んだ青函トンネルの本坑が一本につながったのは、1985年3月のこと。坑内での貫通式を取材するため、私は初めて坑道に足を踏み入れていた。坑内はひどい湿度で相棒のカメラマンはすぐに曇るレンズに悪戦苦闘していた。天井から水滴が落ちヘルメットを叩く。ものは試しと水滴を舐めてみた。紛れもなく塩分がある。海水だ、と感じた瞬間、名状しがたい恐怖が湧きあがるのを感じた。自分の頭上に津軽海峡があることが強く意識された。その道のプロがさまざまな力学計算を重ね、土木技術にしても粋が傾注されている。トンネルの安全性に疑う余地はないはずなのだが、見えない重圧に金縛りの脳は理屈を受け入れない。


  倉敷市のJX日鉱日石エネルギー水島製油所で、掘削中の海底トンネルに浸水し、5人が生還しなかった。驚いたのは、掘り進んでいた横穴が海底下5メートルほどのところに位置していたこと。あくまで素人考えだが、出水箇所上部の水深が30メートルだとすれば、海底では1平方センチあたり3キログラムの重みがかかる。これを1平方メートル当たりに換算した重さは実に30トン。それを厚さわずか5メートルほどの岩盤で支えようとすれば、そもそも岩盤には相当な強度が求められるのではないか。ちなみに青函トンネルは海底下100メートルもの深部にあるから岩盤の厚さは桁違いだ。

 青函トンネル取材のずっと後になって、某ゼネコン関係者と知り合った。「そもそも何十キロも離れた地点の両側からトンネルを掘り進み、ぴったり合うというのが、門外漢には信じがたい」と敬意を表したところ「大きな声では言えないが、貫通はしたものの、だいぶんずれていた、というのはままある話」と聞かされ、意外に思ったことがある。古くは丹那トンネル、黒部ダムなど難工事であればあるほど、美化されすぎた伝説が残りやすい。日本の土木工事の水準が低くないことはわかるが、現状はどうなのだろう。

 話が脇に逸れた。水島海上保安部の測量船が海上からソナー調査したところ、出水箇所付近で直径20メートル、深さ3.5メートルの陥没が見つかった。かつてはなかった陥没だというから、トンネル工事との因果関係は濃厚だ。それにしてもこの展開、単純といえばきわめて単純で、なんともお粗末というほかない。

 
  JX日鉱日石エネルギーは、アメリカのイラン制裁措置のあおりを受ける形で、今年4月以降、イラン産原油の輸入契約を更新しない選択をしている。新たに生じる不足分の原油はイラン以外に求めなければならない。企業としては、それでなくても逆風のなかで、出水事故は起きた。巨大企業JX日鉱日石エネルギーにとって、こんどの事故は会社の屋台骨を揺るがすような規模の出来事ではないだろうが、いま社内で密かに、倉敷の海底トンネル掘削が「平成のバカ査定」呼ばわりされていないか、部外者ながら心配になってしまう。

小さな虚報から~オウム平田逮捕と弁護人の情報公開

Posted by Ikkey52 on 14.2012 事件・事故   0 comments   0 trackback
 目黒公証役場事務長の逮捕監禁致死容疑などで特別手配中だった元オウム真理教信者、平田信容疑者が昨年大みそか、17年の逃亡生活にピリオドをうって、突如警察に出頭してきたことから、市民の関心が集まっている。報道も当然ながら過熱している。誤報もあった。
 
 たとえば、1月11日のテレビ朝日や毎日新聞などが報じた内容で、「平田容疑者をかくまっていたとして逮捕された斎藤明美容疑者の携帯電話が見つからず、交友関係を隠すため処分した可能性がある」というもの。実際には、平田容疑者の使っていた男性用衣類とともに逮捕前の斎藤容疑者から預かり、弁護人が警察に任意提出していた。「ありもしないこと」を「ある」というのは、誤報というより虚報の類いだ。

 また、1月7日の朝日新聞は、「宗教学者宅爆破事件で、平田容疑者は『爆弾と知らず運んだ』と話している」と報じたが、井上嘉浩死刑囚を主犯とする同事件確定判決で、運んだのは平田でないと認定されている。だとすれば、そのまま鵜呑みにできない記事ということになる。

 捜査サイドからのリークに一方的に頼った報道のあり方に批判を強めているのは、実際に勾留中の平田と接見し、斎藤には逮捕前から接触していた滝本太郎弁護士だ。彼のブログは、思い込みを戒める解毒剤になっている。
(http://sky.ap.teacup.com/takitaro/1330.html)
 オウム真理教被害対策弁護団の一員として、滝本は世間に名の知れた人物だ。出家信者の脱会勧誘に熱心で、それがオウム側に逆恨みされたのか、殺されかかること実に3回、今も脱カルト協会の理事と事務局長を務めている。最盛期のオウム報道では、現代の悪魔祓いの司祭として、被害者の一人である坂本堤の同僚弁護士たちが何人もワイドショーの主役となったが、なかでも滝本太郎という人は、自身が宗教的な臭いを醸し出している不思議な存在だった。
 その滝本は、いったん引き受けた平田の弁護人を11日に辞任し、斎藤の私選弁護一本に絞った。2人の利害相反を恐れてのことだという。平田には新たに国選弁護人がついた。

 ブログによって弁護側からメディアに積極的に情報を提供する理由について、滝本は以下のように説明する。
 「これまで、弁護側の報道対応が十分でなかったため、メディアが捜査側のやたら無責任な匿名リークを『特ダネ』と決めつけてきたのは実におかしい。裁判員裁判が多くなってきた今日、誤った報道を野放しにすれば司法判断を曇らせることにつながる。判決が出たあとになって、弁護士が自分の主張や証拠を書籍化することがあるが、そんなことではスピード感がなさすぎる」。

 ニュースソースは増えれば増えるほど、メディアの情報は客観的になる。滝本が言うように弁護人による報道対応が当たり前になれば、警察、検察リードの思い込み記事は減るだろうし、ひいては冤罪が生まれにくくなるのではないか。
  

プロフィール

Ikkey52

Author:Ikkey52
ジャーナリスト 札幌生まれ
父方は、奈良十津川郷系+仙台伊達藩亘理系。母方は東三河豊橋系+肥前鍋島藩系+加賀藩系

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