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地震学者の限界と本分…ある外国人教授の指摘から

Posted by Ikkey52 on 28.2016 防災   0 comments   0 trackback
  熊本県の企業誘致Webサイト「KUMAMOTO」が、一連の地震に関連して物議を醸し、現在一時閉鎖されている。企業立地のメリットをアピールするのに、東北・北海道を地震の危険地帯とする一方、熊本は過去120年も大きな地震がない、と安全地帯を強調する内容だったからだ。

 地球物理学の一分野に地震学という学問があり、世界中で優秀な頭脳が地震のメカニズムを解明すべく研究にあたっている、といった程度の知識は誰にでもある。では、超能力者を名乗る者以外の誰が、これまで地震発生を的確に予測できたかといえば、全く思い当たらない。つまり「地震学者は確かにいるが、地震学者に予知はできない」ということか。

 「予知できる地震はない。これは鉛筆を曲げ続ければいつかは折れるのと同じことだ。それがいつ起きるのか分からない」。そこまで言い切る学者が日本にいる。東大大学院教授のロバート・ゲラーだ。

 2004年から約10年のスパンでマグニチュード5以上(震源の深さ100キロ以下)の地震の震源分布を地球儀に赤点で落としてみると、環太平洋がぐるりと真っ赤になり、ついでインドネシアからアンダマン海あたりも相当赤くなる。また大陸プレートの境界付近の海底にも赤いラインがくっきり表れる。ただゲラーによると、古い地層のうえに乗っていて、一見地震とは縁がなさそうなスイスやイギリスも過去には大きな揺れを経験している。断層帯もプレートもないとされているところでさえ地震は起きている。それは地球の内部が生きているからだ。しかも見ることが可能な海底や宇宙と違い、地球内部は覗き込むことができない。

 熊本地震発生を受けたゲラーと中部大教授の武田邦彦との緊急対談は痛快だ。
https://www.youtube.com/watch?v=rrlLUzVkXas&spfreload=10
 ゲラーの持論は、御用学者どもが政府の研究資金欲しさから、地震予知が可能かのような誤った言説をばらまき、国民をいたずらに惑わせている、というもの。そこから導き出されるのは、「余震、本震といっても本来何の区別もなく、それ自体結果論に過ぎない」、「熊本地震の余波が大分に広がるか、鹿児島側に出るのかはだれもわからない」、「地球の年代からすれば1万年は短いオーダーであり、それを踏まえれば富士山噴火は近いといえる」といった小気味のいいゲラー節だった。

 何やら原子力ムラを連想させられたが、彼の著書『日本人は知らない「地震予知」の正体』のカスタマーレビューをアマゾンで見ると、自分と同じ受けとめをする人たちが多いのでちょっと驚かされた。

 ゲラーと武田がともに確認したところでは、政府の地震予知連絡会(予知連)は1969年に発足し、1978年から東海地震予知体制を取っているが、1983年の「日本海中部」から今月の「熊本」に至るまで、4人以上の死者を出した地震全ての予知に無力だったうえ、東日本大震災まで「危ないのは東海地震」と言っていながら、以降は「南海東南海地震」に看板を掛け換えてさえいる。地震予知につぎ込まれてきたムダ金が減災対策を回していたら、と考えるのが自然ではないか。
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テレビ減災報道のおためごかし

Posted by Ikkey52 on 17.2013 防災   0 comments   0 trackback
 季節外れの台風26号で、伊豆大島では土石流が発生し、多数の死者が出た。火山の島で住民の防災意識は特に高いはずだが、それでも予想外の大被害が発生した。なぜ避難勧告を出さなかったのか、と町役場の責任論が取りざたされているが、人知には限界があるのもまた事実だろう。

 生まれつきの天邪鬼だからあえて言うが、このごろの減災報道はちょっとしつこくないか。テレビニュースを見ながら、またか、とうんざりすることがある。震源地はどうやらNHKのようだが、民放各社も右へならえして久しい。台風が接近しようものなら、全国ニュースという全国ニュースがそれ一色に塗りつぶされる。世の中に「強まる風雨」以外の出来事はなにもないかのようになってしまう。まるで「ニュース全体主義」だ。

 報じられる中身についても気になっている。事実として我々の予想を超えた強い風や猛烈な雨が中継画面に捉えられているのなら、それはそれで視聴者に警戒を促す意義はあるが、たいして風雨が強くもないのに、現場のレポーターがスタジオにいる仕切り役の思い込みに迎合してしまい、中継先の実情と違う大袈裟な伝え方をするのが目に付く。
 「風」の強さを映像で表現する場合、ちぎれんばかりに翻る旗を見せる手法があるが、そのバリエーションとして、レポーターが少しゆったりめの服をあえて着てカメラの前に立つ場合がある。演出上のちょっとした工夫だが、それに対して、マイクを握った人間がわざと体を揺らしてみたり、かがみこんでみたりするのは、もはや演出ではなく演技の領域だ。事実を曲げている。そもそも、視聴者は日本の報道機関が自社の記者に対して、危険が伴う場所には絶対近づくな、と教育しているのを知っているから、誰も命がけで取材しているとは思わないし、逆に、つまらない小細工だと簡単に見抜き、しらけてしまう。こんな傾向が続けばテレビニュース全体への信頼感は失われる。ジャーナリズムの倫理としても、危ないことが流行っているな、と感じる。

 「減災はお上のキラーコンテンツ」という皮肉を聞いたことがある。3・11以降この国では、「減災」がある種、錦の御旗になっているのだ。お上から「災害を減じる方向でマスメディアとしての役割をもっと担え」とハッパをかけられれば、NHKと民放は逆らえない。NHKは予算承認権を国会に押さえられているし、民放は事業免許を総務省に握られているからだ。
外圧だけではない。減災報道の面積拡大ということに限ってみれば、メディアとしての王座をSNSに脅かされている既存のテレビが、「災害時にはなくてはならない公共インフラだ」と再認識してもらうことによって、生き残ろうとする計算も見え隠れする。

 3・11の大津波災害では、「警報慣れ」の問題も指摘されていた。危ない、逃げろ、と頻繁にいわれたものの、結果として実害が出ないケースが続けば、人々の危機感は次第に摩耗するのが道理だ。警報、警告の送り手が、いわゆるオオカミ少年と見られてしまっては元も子もない。自然の驚異に対する警鐘を、何度も、強い調子で鳴らすことは、実は両刃の剣になっていないか、と自問してみる謙虚さがテレビのニュース担当者にいま求められていると思う。

海底津波計を無視した気象庁

Posted by Ikkey52 on 28.2011 防災   0 comments   0 trackback
 「日本に地震・火山学者は2000人いるが、津波研究者は多く見積もっても5人ほど…」
そんなショッキングな打ち明け話をしてくれたのは、岡田弘・北大名誉教授だ。火山学の権威が悔しがるのは、今度の大津波について、気象庁の官僚主義が、いたずらに人的被害を増やしてしまったという思いがあるからだ。
 
 岡田さんによると、地震の予知は本当に難しく、過去を調べて、500年周期で地震に見舞われてきた地方に400年も平穏が続けば、いつ地震が起きてもおかしくないと覚悟して警戒するしかない。つまり、予知連に集まる専門家連中に過度の期待などできない、と私なりに受け止めた。自然の猛威それ自体を避けるのは難しい。

 一口に地震といっても、沿岸部のものと、内陸(直下型)のそれでは、人命の失われるパターンが違う。内陸地震の場合は家屋や土砂の下敷きとなって命を落とす人が多いのに対し、沿岸部の地震は津波で多数の死者が出る。揺れによる突然の家屋倒壊やがけ崩れはとっさには避けられないが、津波は地震の直後に来るものではないから、津波到達地住民の避難を丁寧に行うことで、犠牲者の数はかなり減らせる、と岡田さんはいう。
 
 そもそも地震波に比べて、津波の速度はずっと遅い。震源がわかれば、沿岸への津波の到達時刻はかなり正確に見通せるし、海底に設置した津波計の数値と、津波が走る海底の地形、浜の地理的条件などを押さえれば、その規模さえかなり的確にとらえられる。

 ところが、東日本大震災で大津波警報を発令した気象庁は、沿岸の海底に設置した津波計のデータを一切無視した。それらが気象庁の機材でなく、東大地震研のものだったからだ。頑固に役所内のマニュアルに固執して作業をすすめた。その結果、気象庁が予想した津波の高さは、実際に到達したものの半分だったり、三分の一、五分の一だったりした。  

 しかもタイミングの悪いことに、気象庁は前の年に起きたチリ沖地震の際、典型的な「オオカミ少年」を演じてしまった。被害らしい被害がなかったにもかかわらず、大津波警報を日本の海岸線の広い範囲に発令し、読み違いを認めずに、ところによっては丸24時間以上も警報を出し続けたのだ。最終的に批判を浴びて謝罪に追い込まれたが、「気象庁は大袈裟で信用できない」、といった空気を醸成したのはまずかった。津波の高さの読み違いと、気象庁情報への信用失墜…。この二つが相乗効果をもたらした、といまは減災NGOに身を置く岡田さんは語気を強めた。

 気象庁が役人中心の組織になっているのにたいして、アメリカでこの種の役所を担っているのは、学者たち、研究者たちだ。だから科学技術とファクト(事実)に基づいて、マニュアルを越えた自分たちの判断をしようとするそうだ。
 リアルタイムの海底津波計データに目をつぶって、気象官僚たちはマニュアル原理主義の殻に閉じこもったままだ。東日本大震災の余震が一向におさまらないなか、減災の論議に気象庁改革の視点はどうしても欠かせない。
  

プロフィール

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Author:Ikkey52
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父方は、奈良十津川郷系+仙台伊達藩亘理系。母方は東三河豊橋系+肥前鍋島藩系+加賀藩系

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