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「結果的平和」の70年と、国会安保論議の不毛

Posted by Ikkey52 on 08.2015 政治   0 comments   0 trackback
 「原発のリスクはゼロではなく、ゼロにする必要もない」。
 こんな暴論を臆面もなく書き散らすNHKのOBで経済学者の池田信夫を、自分は密かに「原発居直り派」と呼んでいるのだが、安保関連法案の国会審議に関して池田の憎まれ口がいい味を出している。池田発言の引用にあたって、自分は今も昔も筋金入りの自衛隊違憲論者であることを、最初におことわりしておく。ただし、自転車とリヤカーと人民服の国であった中国が、今日、世界ののスーパーパワーになったように、世界情勢や社会的価値観は憲法制定時には予測できなかったほどに激変している。にも関わらず、頑迷固陋に国の基本法に一切、手を付けてこなかった不作為には、あきれるのを通り越して怒りさえ覚えてもいる。自衛隊の存在も憲法制定時以降に変化した国際情勢の所産にすぎない。以下、カッコ内が池田発言だ。
http://www.newsweekjapan.jp/column/ikeda/2015/05/post-930_1.php
 
 「国会では野党が『自衛官を海外派遣すると、戦争に巻き込まれて死傷するリスクがある』と追及し、政府側が『自衛隊は安全な任務に限定する』と答弁するやりとりが繰り返されている」。たしかに実に不毛だ。国会はきれいごとを言い合う場ではない。
 「自衛官は、戦争が起こったら死ぬのが仕事だ。彼らのリスクをゼロにするには、自衛隊を解散するしかない。警察官や消防隊員のリスクをゼロにするには、犯罪や火災を放置するしかない。〈…〉野党は『自衛隊を中東に派遣すると、中東に在住する日本人がテロの被害を受ける』という。これもゼロリスクにするには、中東に在住する日本人をすべて帰国させるしかない」。直截的な言い方がいい。自分は戦後日本最初の自衛隊海外派兵、カンボジアPKOの現場に日本人ジャーナリストの端くれとして立ち会ったが、国内のめそめそした報道論調を後から知って国際感覚を大いに疑った。日本のジャーナリズムとその受け手の当時のセンスは、国際政治のリアリズムとあまりに解離していた。現地に派遣された志高い若い陸上幕僚たちの苦悩にも触れ、その思いを一層強くした。今、中東情勢を命がけで報じようとする日本人ジャーナリストが存在するのにもしっかりした理由がある。

 「野党が質問するのは、日本がアメリカの戦争に巻き込まれるリスクばかりで、日本が攻撃されるリスクは何も考えていない。自衛官が安全な勤務だけやっていて、尖閣諸島が占領されたとき、アメリカは助けてくれるのか。北朝鮮でクーデタが起こって『第2次朝鮮戦争』になったとき、自衛官のリスクはゼロにできるのか」。尖閣周辺海域への中国艦船の侵入に関するニュースは飽きるほど聞かされてきた。十分にメディア・リテラシーを働かせてもなお、挑発行為と見るしかない。

 「戦後70年、日本が平和だったのは、平和を願っていたからではない。冷戦体制の中で、アメリカが核の傘で中国やソ連の攻撃を抑止していたからだ。1950年の朝鮮戦争のときも、米軍基地がなかったら日本は戦場になっていただろう」。米軍の日本駐留反対論者であった自分もこの冷厳な事実は認めざるを得ない。
 「最近は中国の軍備増強で、『新たな冷戦』ともいうべき緊張が東アジアで高まっている。北朝鮮は数百発のミサイルを配備し、自衛隊のスクランブル(緊急発進)は10年間で7倍に増えた。アメリカがアジアから撤退する姿勢をみせる中で、権力の空白ができると、それを埋めるのは中国の海洋進出だ」。かつて、スプラトリー・アイランズ(南沙諸島)への破天荒な取材を敢行し、中国軍艦におびえた経験を持つ自分にはとくに、今の南沙の現実は受け入れられないし、領土拡張主義中国の脅威を身近に感じる。

 「戦争で自衛官の生命を心配する野党の平和ボケは重症だが、安全神話を守ろうとする政府の姿勢も危険だ。戦争は起こらないと信じても起こる。戦争が始まってから、それに対応する法案を国会で審議するわけにはいかないのだ。考えるべきなのは自衛官のリスクではなく、国民のリスクである」。国の安全保障というとき、泥棒を捕らえて縄を綯(な)うわけにいかないのは当然だ。最後の一文など皮肉屋・池田の面目躍如というところか。

すべては出尽くしていた…昭和28年総選挙の防衛論争

Posted by Ikkey52 on 12.2014 政治   0 comments   0 trackback
 いまの集団的自衛権論議を、あえてさめた眼で眺めてみると、そもそも自衛権を巡る日本の国論が戦後70年近く経っても一向にひとつに収斂しないのはなぜか、という問いに行き当たる。

 自衛権を巡る問題、つまり再軍備問題が真正面から問われた国政選挙が過去に一度だけあった。昭和28年4月に行われた第26回総選挙、いわゆるバカヤロー解散によるものだ。GHQの命令で準軍事組織である警察予備隊(保安隊)はすでにあり、その名の通り国内治安を維持するための警察力の補完が目的とされていた。朝鮮戦争は休戦状態だったが、半島の安定には程遠い。米軍による長い日本占領期間は終わったが、冷戦は激化に向かい、アメリカ政府は西ドイツと同様に日本に対しても強く再軍備を促していた。そんな時代背景のなかで、政権の座にあったのは吉田茂率いる自由党だ。以下、選挙戦のさ中の新聞記事から拾ってみる。

 吉田は「アメリカから再軍備を強要されている事実はない」と語る一方、「国力の充実に応じて自衛力の漸増を図る」とし、現時点では、憲法改正も再軍備もしない、と主張した。どうとでも取れる言い方だ。吉田の腹の内はどうだったのか。吉田自由党の総選挙参謀のひとりだった小沢佐重喜(小沢一郎の父)の発言は具体的だ。「いやしくも軍備というからには38度線を越えて共産軍が攻めてきたとき、2-3か月支えられる程度の近代装備を持つこと」、「アメリカは(再軍備の)建設費はくれても維持費はくれないだろう。保安隊15万、海上20万トン、飛行機2千機の建設費をソックリくれれば3兆数千億円になるが維持費も7千億円はかかる。問題は維持費と国力の充実との兼ね合いだ」。

 一方、自由党から袂を分かった鳩山一郎(鳩山由紀夫・邦夫の祖父)の分党派自由党(のちの日本民主党)は、「憲法を改正して自衛軍を組織する」と明快だ。吉田自由党に対しては、「現在すでにゴマカシ再軍備をしているうえに、やがて憲法改正もしようとおもっているくせに、その計画をはっきり示して国民を啓発しようとしないで、責任を世論に転嫁しようとしている」と厳しい。
 重光葵率いる改進党も、分党派自由党と同じく自衛軍創設を支持し、「いまの自衛力の実態は軍備だ、と見るのが国民の常識なのだから、これを誤魔化さず、スッキリ再軍備を打ち出せ」と主張した。ただし、同党の芦田均が「憲法解釈の範囲内で自衛軍を創れる」と主張するなど異論もあり、総選挙では憲法改正にまでは踏み込めなかった。

 集団的自衛権論議を思わせる部分もある。アメリカの軍事援助で自衛軍を創ったら傭兵にされるのではないか、との疑問に対し、改進党の堀木謙三は、「多少引け目にはなるが、英仏だってアメリカの援助を受けていて対等な関係を保っている」と問題視していない。分党派自由党、改進党とも徴兵制、海外派兵については否定している。

 集団安全保障に関しても論じられている。分党派自由党の党務委員河野一郎(河野太郎の祖父)は、「自衛軍劣勢の部分は集団安全保障機構への加盟で補う」とし、「海外出兵を迫られるのではないか」との質問には、「日本の実力以上のことはできない。朝鮮動乱でも、出兵できない国は出兵していないではないか」と主張した。
 左右両派に分かれていた社会党のうち、「いま軍備の必要はないが、警察予備隊(保安隊)は治安維持に必要」とする右派社会党は、「将来国連に警察軍ができたら協力する」と日本の集団安全保障参加に含みを持たせている。

 左派社会党は、「ソ連、中共からの侵略はない」として、再軍備反対、保安隊解散を主張。
 日本共産党は前の選挙で全議席を失い、反米・反吉田を軸に捲土重来を期していた…。
 
 当時の中央政界の議論を概観して、2014年の日本に噴出した防衛論議の主要な争点は、61年も前にすでにあらかた提出されていたことに驚く。

祖父たちと見比べる「安倍晋三」のスケール

Posted by Ikkey52 on 14.2014 政治   0 comments   0 trackback
 安倍晋三という人物を見ていると、政治家として母方の祖父である岸信介を強く意識しているのはわかるが、やはり政治家であった父方の祖父、安倍寛の影が不自然なほどに薄い。その理由を考えたい。

 安倍寛は、筋金入りのハト派として鳴らした戦前・戦中の代議士で、東条内閣が戦争に非協力的な議員を排斥するため、大政翼賛会の推薦制度を導入した昭和17年のいわゆる翼賛選挙では、無所属・非推薦のまま出馬、軍閥政治を鋭く批判して当選を果たした。当局の執拗な選挙妨害をはねのけての議席獲得は、よほど肚が据わっていなければできる芸当ではない。病を得て戦後政治に関われなかったが、反骨の国会議員として歴史に名を留めている。

 その長男晋太郎が、岸信介の長女洋子と結婚したのは昭和26年のこと。安倍寛と岸信介は同じ山口県の出身で、以前から面識があったというが、東条の政敵を父に持つ青年と、東条内閣の閣僚を父に持った娘の結婚は、ある種ロミオとジュリエットではなかったか。特に寛にしてみれば、割り切れなかったはずだが、すでに寛は鬼籍に入ってこの世にいない。結婚当時、晋太郎は毎日新聞に勤務していた。縁談の経緯は、岸から相談を受けた毎日新聞の知人が、晋太郎を推薦したということだった。

 60年安保闘争の敵役としての印象があまりにも強いことや、A級戦犯容疑で巣鴨プリズンに収監されていたことなどから、岸信介を単純な軍国主義者と決めつけると、事実を見誤る。岸はかなり複雑な計算ができ、遊びも知っていて、清濁併せ呑むタイプだった。東大法学部では狂信的天皇主義者の憲法学教授、上杉慎吉に気に入られ、大学に残るよう求められるが、これを断る。官界を志すにあたっては、人材の層が厚い省庁をあえて避け、抜擢の機会のありそうな三流官庁(農商務省)に潜り込み頭角を現した。満洲国建国から現地行政に関与し、満洲国総務庁次長に就任してからは、計画経済に傾斜して急速な工業化の旗を振った。当時のいわゆる「革新官僚」たちがこぞって持ち合わせていたマルクス主義を含む幅広い学殖と無関係ではなかろう。なにしろ、岸の並はずれたスケールの大きさを物語るエピソードとして、戦後の政界復帰を社会党から果たそうと真面目に考えたという話が伝わっているほどだ。
 東条との繋がり、阿片ビジネスへの関与は、この満洲国勤務時代に始まっており、東条内閣の閣僚就任もそれらが効いた。とはいえ、軍人の硬直した発想を毛嫌いしていた。サイパン陥落後、東条に「潔く退陣すべし」と進言して、恨みを買い、内閣改造に伴う辞任を求められたので、「あんたが辞めないんなら、私も辞めません」とやり返し、結果的に東条内閣総辞職の引き金を引いた。首相の意向に逆らうな、と恫喝しにやって来た東京憲兵隊長に対して、「黙れ、兵隊!」と一喝したと伝えられる。一議員に戻った岸は皮肉なことに、安倍寛と同様、東条の私兵たる憲兵の厳重監視下に置かれた。東条内閣の閣僚ではあったものの、「東条に抵抗した男」という印象は、戦後A級戦犯容疑を晴らすうえできわめて有利に働き、A級戦犯処刑の翌日に身柄拘束を解かれている。

 さて、安倍寛の遺児、晋太郎は岳父となった岸が石橋内閣の外相として閣僚に返り咲いたのを機に、新聞社を辞め岸の秘書官に転じる。このときから、安倍家における洋子の存在感は一気に大きくなっただろうし、それが安倍晋三の人格形成に影響しないはずはない。晋太郎は、岸や岸の実弟の佐藤栄作の反対を振り切って総選挙への出馬を急ぎ、「岸に迷惑がかかるなら、妻を離縁してでも」と決意したと伝えられる。これが事実なら、実父譲りの反骨が顔をのぞかせていたように思える。初陣、再選と晋太郎は順調にきた。だが、三度目の選挙で落選し、初めて苦渋をなめる。これは相当ショックだったようで、四度目の選挙ではなりふり構わず岸、佐藤両氏に強いテコ入れを求め雪辱を果たす。安倍寛の息子から、岸信介の女婿へ。晋太郎はここで完全に割り切ったはずだ。
 
 「自民党のプリンス」と呼ばれ続け、結局、権力トップには届かなかった晋太郎との対比で、晋三には祖父、岸信介がことさら大きく見えているはずだ。ただ岸は、総理に上り詰めたというだけでなく、命の危険を承知で、東条から離反するため喧嘩を仕掛けるような男気を持っていた。大衆受けを後回しにしてでも、信念に従って淡々とわが道をゆく潔さがあった。それに比べると孫の晋三は、いかにも器が小さい。
 「民主化など夢想だにしなかった戦死者たちの霊にまで戦後史観を押し付けるのが生者の驕りだとすれば、たとえこの国の21世紀の総理が靖国を拝んだところで、誰に気兼ねする必要があるか」と思うなら、年末のどさくさに紛れるようなことをするべきでなかったし、何らの他意もなく純粋に特定秘密保護法が必要と考えるのなら、先の戦争がどんな言論状況下で惹起されたかについて一片の教訓さえ導けない無能大臣などに答弁させず、国会審議では一貫して総理たる本人が何日であっても野党の追及の矢面に立てばいいだけの話なのに、それを厭う。祖父たちの硬骨ぶりとは比較にならない。

たわけ者と直訴

Posted by Ikkey52 on 06.2013 政治   0 comments   0 trackback
 「たわけ者!」という罵倒の仕方が日本語にはある。かつて、水田を持つ農家に、何人か男の子がいるからといって、田んぼを子供の数に応じて分けるような相続をしてしまうと、孫子の代ではもはや喰うことができない。だから、田を分ける者イコール愚か者なのだ。

 今、1人のたわけ者のせいで、原発のない社会に希望をつなぐ人たちの多くが、居心地の悪い気分を味わっている。たわけ者とは、もちろん山本太郎参院議員のことだ。秋の園遊会に招かれた場で、天皇にじかに手紙を渡すという突飛な行動に出た。持論を広く開陳したいのなら、参院議員だから、場はいくらでもある。自由にものの言えない天皇個人に訴えてどうなるというのか。カメラの前を意識した目立ちたがり行為としか思えず、印象は最悪だ。

 それだけであれば、たわけ者の軽挙妄動で済むはずだった。問題は、敵失を原発推進派の議員たちが最大限利用しようと動き出したこと。直訴は天皇の政治利用だ、という声が直ちに上がり、けじめをつけろ、と山本に議員辞職を要求するところまでエスカレートした。山本は行動の軽率さを認め陳謝したものの、議員辞職する考えはないとしている。

 喰えない人々の利益を代表し、死を賭して直訴に及んだ気骨ある農民指導者は江戸期以前にひとりふたりではないが、山本の行為の評価を巡って、直訴という連想から、田中正造まで引っ張り出されたのには笑った。足尾銅山鉱毒被害を鋭く告発した明治の国会議員で、権威に怯むことなく立ち向かった誇るべき日本人のひとりだ。直訴といっても田中は、欽定憲法下の絶対権力者だった明治天皇の馬車を止めただけで取り押さえられ、成功していない。直訴状は、のちに大逆事件のフレームアップで処刑される幸徳秋水がその前日に墨書したものだった。田中の直接行動にショックを受けた政府は、狂人が馬を止めただけだ、と事態の矮小化をはかり、数日で田中の身柄を釈放した。そんな田中と並べて論じられたこと自体、山本は恐懼すべきだ。

 もうひとり、天皇への直訴では忘れられない人物がいる。非差別部落出身青年の北原泰作だ。松本清張の『昭和史発掘』では、「北原二等卒の直訴」として異彩を放っていた。故郷の岐阜で召集され入営中、閲兵式を行った昭和天皇に軍隊内部の部落差別の存在と待遇の改善を直訴し、逮捕された。半殺しの目にあったが、生きて除隊を勝ち取った。天皇制と部落差別が表裏一体であることは、今日では自明だが、天皇が現人神(あらひとがみ)だった当時の政府、軍部の衝撃はどれほどだったか。
 それにしてもこの北原青年の反骨ぶりがすごい。徴兵検査の筆記試験を白紙提出、入隊式には長髪で出席、宣誓式で宣誓を拒否しただけでなく、上官に敬礼せず、その理由を問われると、「わしはあんたを尊敬していない、それで敬礼する必要はない」とせせら笑って答えた、という。
http://www.alter-magazine.jp/index.php?%E3%80%8E%E5%8C%97%E5%8E%9F%E6%B3%B0%E4%BD%9C%E3%80%8F
 
 田中、北原の壮絶な直訴と比較してみれば、山本のこんどの行為のなんとちっぽけなことか。山本という男は、先の参院選で大事な一票を自分に託してくれた東京選挙区有権者の心をほんとうにわかっているのか、あるいは、原発のない社会を求める全国の人たちが「議会人として堂々たる言論で大暴れしてほしい」と願う気持ちをしっかり受け止めているのか、実は大いに疑わしくなっている。真意の所在は不明だが、小泉純一郎が脱原発発言を繰り返しておもしろくなってきているさなかの山本の愚挙だから、なおのことタイミングが悪いと思う。それにしても山本というおっちょこちょいの「馬」にはしっかりした名伯楽が必要だ。彼の秘書連中はいったい何をしているのか。躾け担当はいないのか。はらはらしながら、ニュースを注視している。

「山本太郎を黙らせたい勢力」が仕掛ける罠

Posted by Ikkey52 on 26.2013 政治   0 comments   0 trackback
 激戦の参院東京選挙区で当選を果たした山本太郎のこれからを心配する声がさっそく上がりはじめた。山本の議員としての資質を云々しているわけではない。彼の存在を苦々しく思い、彼にのびのびと議員活動させたくない勢力が、あらゆる手段で彼を貶めようと狙っている、という意味だ。生命が脅かされることさえ、ないとはいえない。最後まで姿を見せない不気味な勢力が、自称右翼の男を使って現職の民主党衆院議員、石井紘基を消した例もあるからだ。

 選挙前に、週刊誌が垂れ流した山本=隠れ中核派説なども軽いジャブ攻撃と考えていい。そもそも新左翼のなかでも中核派は特に選挙と関わりの深い党派として知られ、長く東京・杉並で区議や都議の議席を持っていたし、過去の都知事選では青島幸男を推したこともある。党派の体質として選挙大好きで、方針としては反原発なのだから、それが山本を推しても何の不思議もないが、徒手空拳の無所属候補のバックに、「人殺しも辞さない恐ろしいセクト」の暗躍があるかのような印象をばらまき、山本の評判を落とそうと意図したのはあきらかだ。
 しかし、その程度の攻撃はこれからいくらでもあるし、恐れていてはなにもできない。初のネット選挙の分析にひっかけて、このところマスメディアで山本の露出が頻繁だが、それも一過性と覚悟したほうがいい。なぜなら、過去の原発推進派との関係について、マスメディアは、フクシマ原発事故後も徹底した検証、抜本的な出直しを怠っているからだ。あいかわらず原子力ムラの顔色をうかがう状況がある。その証拠に、東電批判にしてもすべて単打であり、社(局)をあげてのキャンペーンなど、長打を狙うところはひとつもない。「反原発」の旗色を鮮明にすることはそれ自体、日本のマスメディアに対する現状批判なのだから、山本はマスメディアを敵に回しているという自覚を持ち、ただし、アプローチがあれば逃げず、言葉狩り、揚げ足取りに細心の注意を払って対応すればいい。

 問題は、もっと陰湿な罠、例えば破廉恥罪の犯人に仕立てる類いのフレームアップ攻撃が予想されることだ。劇画の世界と違って、現実の権力は、敵を物理的に抹殺するという手荒な対応より、この手が得意だ。議員であるまえに人間としてダメな奴、とレッテルを貼ってしまえば、家族、とくに子供の被曝を声高に告発している山本のイメージに致命傷を与えられる。

 選挙戦が、ボランティア頼みで、文字通り手弁当によって支えられ、主張はシングル・イシュー、となれば、山本陣営には、互いに横の繋がりの薄い、多様な人々が集まり、「来る者拒まず」の雰囲気があったはずだ。しかし、これからはそれではいけない。自由な言論活動を続けるためには、鋼の盾がいる。有能で、ときには冷徹になれるチームが神輿を担ぐ必要がある。プロはいるのか。ぜひ欲しい。内部攪乱を狙うスパイに気をつけろ。
  

プロフィール

Ikkey52

Author:Ikkey52
ジャーナリスト 札幌生まれ
父方は、奈良十津川郷系+仙台伊達藩亘理系。母方は東三河豊橋系+肥前鍋島藩系+加賀藩系

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