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原発派生技術と安倍政権

Posted by Ikkey52 on 24.2016 原発   0 comments   0 trackback
 いまの日本は真夏の電力最需要期でも電力不足に陥らないし、「エネルギー源として石油依存が増えれば、経営が立ち行かない」と泣き言を並べていた電力会社は、経費圧縮努力で軒並み黒字を回復した。では、安倍晋三はどうして原子力発電に固執するのか。たしかに東京五輪誘致のために「福島の事態は統御されている」と方便も使ったが、曲がりなりにも選挙の洗礼を受けて権力の座にある者が、原発に関する3・11以降の国民感情の変化に無関心なわけがない。つまり、安倍には秘匿しておきたい本音がある。ここは、白か黒かの二元論に陥らぬよう、本音の在り処を見極めたい。

 手がかりになりそうなのは、早大教授、有馬哲夫の原発論だ。有馬といえば、秘密指定が解除された米英政府機関の重要文書を広く渉猟し、日本の戦後史の定説を次々と覆してきたことで知られる。有馬は、「原発は現在日本が持っている強力な外交カードだ。軍事産業に参入するかどうかは別として、産業発展のためのシーズでもある。代替供給源や代替エネルギーが見つかったとしても、これらの役割において原発を代替できるわけではない。原発を電力供給とエネルギーコストの面からだけ論じることはできない」とする。  
http://politas.jp/features/6/article/386

 有馬の原発論は、戦後日本の原発導入史を踏まえ導かれている。日本の原発の父、正力松太郎は将来の核武装に向け、独自にプルトニウム確保の道を探った。しかし、正力の底意を見抜くアメリカは日本の原発導入に反対し、ある程度だが妨害さえした。そこで正力はプルトニウム製造を主とし、発電は従とするイギリスのコルダー・ホール型原子炉に目をつけ、視察団を送った。団長はのちに経団連初代会長になる原子力委員、石川一郎。石川は東大の化学者から実業界に転じた人物で、原発の導入は単に狭義の原子力技術にとどまらず、工業、化学、基礎研究など広範な分野でイギリスから日本への技術移転を促すと喝破した。イギリスはイギリスで、自国の莫大な利益を犠牲にしてまで、同盟国アメリカに義理立てしようとはしなかったばかりか、核兵器のノウハウを輸出している認識さえ持っていた。日本がアメリカの核の傘を離れなかった理由は、国内初の原発、東海発電所のイギリス製コルダー・ホール型原子炉が予測通りのプルトニウム量を蓄積できなかった結果に過ぎない。佐藤政権まで核拡散防止条約に二の足を踏んでいたのはそのせいだ。しかし、イギリスから移転した技術は現在の日本の幅広い産業分野で独自のスキルとして結晶している。鋼板、建築、電気などの日本企業も世界をリードするノウハウを蓄積しており、それは大いなる強味であり、価値だ、と有馬は指摘する…。

 日本独自の核武装はアメリカの世界戦略に基本的変更がない限り、机上の空論でしかない。そんなことに安倍政権が無知だとは到底思えない。ただ、東海村以来、今日まで日本が蓄積した広い意味の原発派生の技術やノウハウは今後も守りぬき、育てたいと考えているのは確かだ。だからといって、ベースロード電源確保などと理屈をつけて、再生エネルギー拡大に棹を差し、国策として国内原発の延命を図るのはとんでもない飛躍であり、お門違いも甚だしい。原発導入の歴史的経緯がどうあれ、日本に原発派生の技術やノウハウの産業的蓄積があるならば、フクイチ事故に伴う疫学的研究とともにもっと発展させ、核廃棄物処理・処分にこそ大いに活用すべきではないか。各地の原発の敷地内はどこも核のゴミであふれている。脱原発は、再稼働をやめさせれば終わりではない。その道しかないと思う。

放射線には「味」があった

Posted by Ikkey52 on 25.2016 原発   0 comments   0 trackback
 「原発からごく近いベラルーシ側にいて、住民が避難して無人となった村を警備していた。…しばらくすると口の中で『鉄をなめた時のような味』がするようになった」(元内務省将校)、「1988年の5月から10月まで町の除染をやった。…事故から2年経って体の変調が出てきた。のどが渇く、口の中で鉄の味がする…、これは多くの人の共通の症状だった」(元軍人)、「1986年5月、原発から6キロしか離れていないベラルーシのサビチ村などで、住民が汚染地から避難する様子を撮影した。…次第に口の中が鉄をなめているような味になってきた」(元テレビ・ジャーナリスト)。

 以上は月刊誌『グリーン・パワー』2016年6月号「環境ウォッチ」に取りあげられたチェルノブイリ事故処理に関わった人たちの回顧談だ。3人目の元テレビ・ジャーナリストの女性は、「チョコレートを食べるとき間違って銀紙を口に入れた時の味」とも表現している。スリーマイル原発事故で放射能雲に遭遇した人のコメントにも「空気がニッケルのような味だった」とあるらしい。フクイチ事故のあとも同じようなことが起きていたのか。

 ネット上ですぐ見つかったのは、琉球大学教授矢ヶ崎克馬(現名誉教授)の話として報じられている飯舘村のケース。「100人200人単位の人が、口の中が金属の味がすると言っているが、自分もその味を味わった」という。そのメカニズムは「ヨウ素、セシウムの原子が口の中に入ると、唾液の作用でイオン化し、電気を帯び金属の味になる」。「つまり、金属の味がしたというのは、大量の放射性物質が口の中に入ったことによる内部被曝が考えられる」。矢ヶ崎は2011年3月25日から31日まで、調査のためフクイチ周辺の8ケ町村を回っている。http://news365news365.seesaa.net/article/243826778.html

 広島に原爆を投下したエノラ・ゲイの機長ポール・ティベッツは「鉛のような味だった。…そして、口の中に鉛の味が広がった。爆弾のあの味-あれは一生忘れられない」という内容の発言をしていたという。http://freeride7.blog82.fc2.com/blog-entry-2363.html
 原爆も原発事故もそのメカニズムに変わりはない。

 「口の中が鉄の味になった」といった類いの報告は、フクイチ事故のあと、原発周辺のみならず北関東、東京、神奈川など広い範囲から個人の書き込みとしてネット上に数多く発信されたようだ。残念ながら事故から時間が経ち、すでにオリジナルを探し出して確認するのは難しいが、引用の形なら、あちこちのブログにまだ相当残っている。

 いうまでもないが、「鉄の味」を一度でも感じた人の比率は、フクイチ事故の後処理に直接携わった作業員、除染にあたった労働者のほうが一般市民よりずっと高かったと推測される。いまのところ、彼らの生の声が表に出ていないからといって、事故から30年たってもいっこうに収束しないチェルノブイリの悲劇を、対岸の火事視することは許されない。

熊本地震で露呈した原子力規制委の「忘災」ぶり

Posted by Ikkey52 on 25.2016 原発   0 comments   0 trackback
 現在進行形の熊本地震被害。余震は止めるわけにいかないが、被害を最小限にするためにやるべき課題は多い。その最たるものは、誰もが考えるように原発有事に対する備えだろう。熊本県自体に原発はないが、近県の4カ所には原発が立地する。なかでも鹿児島県の川内原発は再稼働しているのだから、とりあえず運転を一時停止する。他の3カ所は安全点検を強化し、周辺住民の避難準備のレベルを実践モードに切り替える。いずれも必須ではないか。にもかかわらず、原子力規制委は「異常なし」という簡単なアナウンスしかしてこなかった。こうした当事者意識の欠如に、ついに首相官邸もたまりかねて規制委の事務局である原子力規制庁に注意を促した。原発容認派として鳴らす産経ニュースでさえ、この動きはさすがに取り上げざるを得なかった。
http://www.sankei.com/premium/news/160423/prm1604230014-n1.html

 近県の4原発とは、川内のほか、九電玄海(長崎)、四電伊方(愛媛)、それに中国電島根。規制委の緊急時情報は、立地県で「震度6弱以上」、立地市町村で「震度5弱以上」を観測された場合に出される規定で、それを杓子定規に適用した。稼動中の川内でも、鹿児島県内の最大震度が「5弱」、原発が立地する薩摩川内市でも最大震度が「4」にとどまったとして、積極的に情報をアナウンスしなかった。官邸から叱られた規制委は直ちに、4原発について毎日2回、異常の有無にかかわらず、定時に情報を発信するよう対応を改めた。しかし、それだけで隣県住民の不安は収まるかといえば、けしてそうではない。

 毎日新聞は、「『忘災』の原発列島 熊本地震 それでも再稼働か」と銘打って、時宜を得た特集記事を掲げた。 http://mainichi.jp/articles/20160422/dde/012/040/056000c
 それによれば、規制委が川内原発の稼働継続の根拠としたのは、揺れの強さを示す加速度(単位はガル)が、九電の想定する限界値よりはるかに小さかったという理由だ。これに対して、脱原発弁護団全国連絡会共同代表の弁護士河合弘之は、「甚大な被害が予想される事故には予防原則を徹底するのが当然」と反駁した。鎌田慧、沢地久枝ら6人の文化人は、連名で九電に川内の運転停止を求める要請文を送り、「『異常なし』と言うが『異常あり』が出たらもう手遅れだ」と、フクイチの教訓を指摘した。「伊方原発をとめる会」の事務局次長、和田宰は、熊本の地震で多くの家屋が倒壊したことを踏まえ、「被曝を避けるために屋内避難を、といわれても現実味がない」とし、今の避難計画のまやかしを突いた。いずれも正論だ。

 定時の情報発信を約束した18日の原子力規制委員会の記者会見で、委員長の田中俊一は「今は安全上の問題はない。科学的根拠がなければ、国民や政治家が止めてほしいと言っても、そうするつもりはない」と強がった。「国民や政治家が止めてほしい」と言っても「止めない」と言い放つのは、思い上がりも甚だしいし、規制委自ら原子力ムラの側に立っていると宣言しているようなものだ。かつての原子力安全・保安院や原子力安全委員会が、原子力「規制」庁や「規制」委員会に置き換わったのは、フクイチ事故の反省からだった。原点をどこに置き忘れたか。

フクイチ事故教訓の原点を示す大津地裁決定の重み

Posted by Ikkey52 on 10.2016 原発   0 comments   0 trackback
 フクイチ事故から5年の節目にあたり、「この国の合言葉は第二の事故を絶対に防ぐ」ではなかったか、と原点を思い起こさせた効果に注目する。大津地裁による高浜原発3号機・4号機運転停止の仮処分決定だ。運転中の原発に裁判所が停止を命じたのはこれが初という。

 司法判断は概して上級審に行くほど官僚的になる。下級審で画期的判決が示されたところで、高裁、最高裁でひっくりかえされるのを飽きるほど見てきた。上級審でなくても、審理の法廷が違えば、違った判断が導き出される。現に福井地裁は昨年4月、高浜原発の再稼働を認めない仮処分を出したが、関電が原告となった同じ裁判所の異議審で同年12月、再稼動差し止め仮処分は取り消され、結局再稼動に道が開かれた。だから楽観はしないが、一条の光ではある。

 そもそも今回の訴訟で運転差し止めを求めた原告は、高浜原発から70キロ以内に住む隣県民たちだ。福井県の原発について隣の滋賀県民が訴える…。かつてなら、原告適格性がないと、門前払いされかねないケース。しかし、高浜原発に過酷事故が起きれば、被害に遭う可能性を考えなければならない人たちだと、裁判所は認定した。振り返ってみれば、フクイチ事故以前、住民避難計画立案を求められる範囲は半径10キロに過ぎなかった。事故後、原子力規制委員会はこれを30キロ圏に拡大したが、フクイチ事故では現実問題としてさらに広い範囲で住民避難が行われている。70キロ圏住民が当事者意識を抱くのに何の不思議もない。もし原子力を規制する側が、避難のコスト増を考えて、範囲拡大をそこそこのところに収めたとすれば役割の放棄だ。

 例えば函館市は津軽海峡を挟んで向かい合う下北半島に立地予定の大間原発建設差し止めを求めて訴えているが、直線距離で23キロしか離れていないのに、建設に対する合意権を持たない。にもかかわらず、過酷事故を想定した避難計画を立てる義務は負わされている。こうした自治体は全国各地にあり、住民は自分たちの安全に自分たちが関与できないことに苛立ってきた。

 原発を持たない鳥取県は、中国電力島根原発に関わる住民避難対策の費用を中国電力に求め、中国電力はこれを受け入れた。原発がなければ本来負担する必要がない費用だからだ。直接の立地自治体以外の防災費を電力会社が負担するのは異例であって、これが常識になれば、原発稼働のハードルはさらに上がる。今回の大津地裁決定は、国主導の避難計画の具体化に加えて、電力会社にも避難計画への関与を求めた。

 東洋経済オンラインによると、「高浜原発はもともと敷地が狭く、福島第一原発のように汚染水を保管できる場所もない。それだけに、炉心溶融など重大事故が起きた場合に事故対処ができるのか疑問を抱かざるをえない」。
http://toyokeizai.net/articles/-/108804?page=2
 フクイチより条件が悪いのなら、再稼動などもってのほかではないか。
 この国は、戦前、戦後で価値の大転換を経験したせいもあり、過去を忘れ水に流すのを美徳とする傾きが強い。だとしても、5年であの悲劇の教訓をを忘れるのは、多くの死者、そして未だ故郷に戻れない多数の被災住民への冒涜ではないのか。さらに、あえて付け加えるのだが、この国の司法も、今回の決定を上級審でやすやすと覆すようなことがあれば、国民の信頼を失うと覚悟したほうがいい。

体内で二度崩壊するストロンチウム90と「すい臓がん増加」

Posted by Ikkey52 on 14.2016 原発   0 comments   0 trackback
 医学方面には全くの門外漢の自分にさえ、膵臓がんは恐ろしいとの刷り込みがある。進行が早く手が付けられないとも聞く。先日もテレビのコメンテーターだった竹田圭吾の訃報が流れた。医者の不養生とはいうが、内科医になった幼馴染のひとりも現在闘病中だ。すい臓がんが増えている印象はぬぐえない。つい飽食時代との因果関係を考えがちだが、ストロンチウム90が関係しているとの説があり注目した。

 ストロンチウム90は、比較的よく知られた放射性物質で半減期は約29年。発電炉からはほとんど放出されないが、核兵器の爆発によって大量に発生するし、チェルノブイリ事故でも大規模なストロンチウム汚染があったと指摘された。当然、フクイチ事故でも広範囲に拡散した。冷戦真っ盛りの時期、米ソが大気圏内核実験を行っていた影響で、1960年代前半当時の日本人は1日に約1ベクレルのストロンチウム90を取り込んでいたと推定されている。
(原子力資料室 原発きほん知識 http://www.cnic.jp/knowledge/2590)

 いったんヒトの体内に入ったストロンチウム90は骨に取り込まれる。やっかいなのは、その後だ。ストロンチウム90は、β崩壊してイットリウム90という物質に変わり、このイットリウム90はさらにβ崩壊してジルコニウム90に変わる。二度にわたるβ崩壊はストロンチウム90が消えるまで同時に起こり続ける。ヒトの健康な細胞がより長期間、放射線=崩壊エネルギーに晒されるのだ。ストロンチウム90からイットリウム90になると、骨から肺、心臓、生殖器などに移動して行く。しかも動物実験で、膵臓に最も高く集中することが分かっている。
http://kaleido11.blog.fc2.com/blog-entry-3941.html

 冷戦時代の放射性降下物の人体への影響を、広範に調査研究したアメリカの著名な放射線物理学者アーネスト・スターングラスは、東北大学医学部の調査を援用して次のように述べる。
「日本のすい臓がんは1930年から1945年ころまでは低く、その後、1962〜63年ころまでには12倍に増加しています。この12倍になった死亡率が、2003年までには、さらにその3倍から4倍になったのです。ストロンチウム90やイットリウムが環境に放出されることがなければ、膵臓がんの死亡率は減少していたでしょう」。
http://fujiwaratoshikazu.com/2011disaster/

 スターングラスの分析を裏付けるデータがある。チェルノブイリ事故後、6年経ってからベラルーシでは糖尿病が劇的に増加したというのだ。すい臓の細胞がやられるから、糖尿をおさえるホルモンであるインスリンを分泌が悪くなる。それが後天性の糖尿病だ。血糖であふれかえったドロドロの血液は血管を傷つける。脳梗塞や心筋梗塞、動脈瘤破裂などを引き起こして突然死にもつながる。

 原子力ムラの学者たちはこれまで、内部被曝の問題に関して、特定のがんと奇形くらいしか因果関係を認めようとしていなかった。内部被曝を巡る調査研究は、放射能の恐ろしさから市民の目を逸らす目的で、事実を曲げようと行動する似非科学者たちとの闘いでもあるのだ。
  

プロフィール

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Author:Ikkey52
ジャーナリスト 札幌生まれ
父方は、奈良十津川郷系+仙台伊達藩亘理系。母方は東三河豊橋系+肥前鍋島藩系+加賀藩系

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