fc2ブログ
Loading…

黒岩重吾『西成山王ホテル』…どん底の街に流れ着き、もがく男女が織りなす葛藤と破綻

Posted by Ikkey52 on 08.2021 文芸批評   0 comments   0 trackback
読みながら、やたらと懐かしさにとらわれるのは、自分自身、猥雑な商店街の育ちだからか、それとも、幼いころ母方の祖父母が大阪・阿倍野に住んでいて、天王寺動物園あたりの空気を微かに憶えているせいなのか。 

 『西成山王ホテル』は黒岩重吾の「西成モノ」の短編集だが、収録作の初出は同シリーズに属す『飛田ホテル』のそれより4、5年新しいようだ。この作家の語り口に慣れると、物語最終盤にまるで急ハンドルを切るようなカタルシスを迎えるのがわかってしまうが、それでも一向に興が殺がれないのは不思議だ。収録の五篇に優劣はつけがたい。

 「朝のない夜」は、売春防止法施行を目前に控え、飛田遊郭の娼館から仲間が次々に出て行くのに、将来を描けずに、取り残されかかっていたある娼妓の残酷な悲話。女の名は、きん子。楼主は売防法施行後、娼館を「アルバイト料亭」なるものに衣替えすれば、遊郭はこの先もやっていけるというが、きん子には信じられない。

 常連客の年配商店主が、アパートを借りてやるから、妾になれとしきりに誘ってくれるが、きん子にはその踏ん切りもつかない。二月の雨の夜、ひとりの男前が、きん子の客になった。ぱりっとしたレインコートの襟を立て、「やくざぶっていると思ったが、それは気取っているのではない」。「冷たさと鋭さが身体全体に流れているようである」。ドスか拳銃でも持っていそうだ。きん子は宮原と名乗る男にぞっとして怯えたが、やがて忘れられなくなる。

結局、商店主の世話を受ける身になったきん子は、銭湯へ行く途中、チンドン屋紹介所から出てきた町奴姿の男に目を停める。厚化粧のままだが、宮原によく似ている。きん子は、あのニヒルな感じの宮原がチンドン屋とは全く滑稽だと感じる一方、チンドン屋であってくれれば親しみが湧く。そうであってほしいと思う。

果たして宮原はチンドン屋「宮島」だった。アパートを訪ねていったきん子を受け入れた宮島だが、特定の女と深い関係になるのをひどく恐れていた。暗い過去のせいに違いないが、きん子にとって宮島の過去などどうでもいい。そのころ、商店主は妾の裏切りに感ずいて手を打とうとしていた……。。

 売防法施行直前の廓の描写で思い出したのは水上勉の名作『飢餓海峡』だ。女性主人公が遊郭の灯が消えかかるのに立ち会うのは、東京・亀戸だった。娼妓たち一人ひとりが身の振り方を否応なく問われる状況は亀戸も飛田も全く変わりがない。ただ、彼女らを取り巻く街や人の壮絶な「どん詰まり感」、例えば管理売春を資金源とする暴力団の粗暴ぶりなどは飛田が圧倒している。

 附録として収められている作者黒岩のエッセイ、「飛田界隈と私」も一読の価値がある。
スポンサーサイト



ジョン・ル・カレ『スパイたちの遺産』…英国情報部70年間の変容を鳥瞰する

Posted by Ikkey52 on 08.2021 エスピオナージ・書評   0 comments   0 trackback
 御年88になるスパイ小説の第一人者が書き上げた新作。それだけでも読む前からワクワクしたが、過去の一連の名作が物語の下敷きとして使われているのには、ただただ脱帽。古くからのジョン・ル・カレ愛読者にとって、これ以上のサービスはなかった。

 ……冷戦期の英国情報部を務めあげたピーター・ギラムは、母方ゆかりのフランス・ブルゴーニュで人里離れた農場の主となり、心を寄せる地元の女性にも恵まれて、静かな年金生活を送っている。現役当時を振り返り、思いにふけることはあるが、元の職場の退職者の集まりには参加したこともなかった。

 そんなギラムの平穏な時間は、英国情報部から舞い込んだ一通の書簡によって破られる。送り主は、情報部チーフ付き法律顧問を名乗り、組織の現在および過去の事例を管理している者だとことわったうえ、ギラムが関わった過去の事柄について、予期せぬ問題が持ち上がったので、至急ロンドンまで来てほしい、と慇懃無礼に強要していた。

 抵抗しても無駄なことを知り抜いているギラムは、周囲には知人の葬儀に出ると言い訳して、飛行機の客になった。ロンドンでギラムを待ち構えていたのは、「ベルリンの壁」があった遠い昔、英国情報部の作戦に関わり、東ベルリンで命を落とした男女それぞれの遺児が、手を携えて情報部の責任を厳しく追及する事態だった。問題は情報部がはじめから、降って湧いた告発の当否を判断するより、議会沙汰になった場合の組織防衛を優先させ、失敗の責任を当時のスタッフの誰か、例えばギラム個人に負わせようと画策していることだった。

 現役時代のギラムは、ジョージ・スマイリーという天才的上司にずっと仕えてきた。スマイリーは組織のもっと上層部に入り込んだ東側スパイの目を欺きながら、果断に困難な作戦を遂行してきた。思いがけない犠牲者を出した「ベルリンの壁」の一件も、シナリオ書いたのはスマイリーだ。ギラム自身は、スマイリーのコマだったに過ぎない。当時の作戦の瑕疵がどこにあったのか、スマイリーに尋ねるのが近道だが、誰に聞いてもスマイリーの居所は判らない。ギラムは真綿で首を絞めるような情報部法律顧問らの「思い込み尋問」に苛立ちながら、過去の資料の読み解きを通じて、自分の視点をかつてのスマイリーのそれにまで高めてみなければ、自らの潔白を証明する材料は得られないと悟る……。

 いまの英国情報部に対するギラムの違和感は、「『テムズ河畔のスパイランドにようこそ』というような、けばけばしい化け物じみた新社屋ビル」に象徴されている。かつてのギラムが、「ここで生きようと選んだ世界の物理的な姿」は、ケンブリッジ・サーカスにあった「饐えた煙草の煙、ネスカフェ、消臭剤のにおいが漂う」建物だった。物語の外にいる自分が言うのも妙だが、確かに英国情報部が通称サーカスだった当時が懐かしい。

 ル・カレの新しい読者には、本作に取り掛かるにあたり、あらかじめスマイリー三部作を読まれるようお勧めするが、かといってそれらを読み込んでおかなくては、この作品を楽しめないわけではけしてないのでご安心を。それにしても、あの切れ味鋭い若手だったピーター・ギラムが退職老人とは……。自分も齢を取るわけだ。

黒岩重吾『飛田ホテル』…1960年前後、大阪・西成界隈の底辺に生きる男女の愛憎を活写

Posted by Ikkey52 on 08.2021 文芸批評   0 comments   0 trackback
様々な職業を転々とし、結果として人間社会を視る眼が肥え、やがて同人誌を足掛かりにして世に出るという作家のパターンがある。戦後の大衆小説ブームの寵児、黒岩重吾もそんなひとりだろう。

 短編集『飛田ホテル』は、社会派推理作家の看板を上げた黒岩にとって、一見、余技のように見えながら、その実、彼の本領ではないかと思われる、いわゆる「西成モノ」の6作が集められている。

 表題作の「飛田ホテル」は、黒岩の不肖の弟子を自認する直木賞作家、難波利三の解説によれば、「現在の大阪・西成のあいりん地区、以前は釜ヶ崎と称した辺りが主な舞台になる。そこに住みつき、一時期、トランプ占いで生計を立てていた先生の、鬱屈した底辺の体験から生まれた作品」だ。

 通称「飛田ホテル」は、月光アパートというのが本来の名で、昭和初期にできた侘しい集合住宅だが、権利金、家賃とも格安なので、売春防止法以来、多くの夜の女たちが住み込んでいた。また、怪しげな男たち、例えばポン引き、当たり屋、拾い屋、賭け将棋や賭け麻雀で暮らす者、エロ本書きがいた。「彼らは人生でも社会からも落伍者だった」。
 
 一方、居住者の半分は真面目な職業人で、工員、職人、日雇いなど。大抵が妻と多くの子を抱えており、朝早く仕事に出て一日働き、心身ともに疲れ切って帰ってきた。彼らは「人生の落伍者かもしれないが、普通の社会の住人だった」。
 そんな「飛田ホテル」に、元住人で大卒ヤクザの有池が、刑期を終えて何の前触れもなく舞い戻ってきて、ひと騒動が勃発する……。社会の最底辺で展開する物語とは言っても所詮は人間の世界。基軸となっているのは男と女の愛憎だ。

 実生活の黒岩は、大阪の比較的裕福な家に生まれ、関西の名門私大を出て名の知れた証券会社に入社した。黒岩青年の前途は、誰からしても洋々たるものに思われたが、好事魔多し、株相場で大きくつまずき、転落が始まった。身内の財産まで使い果たした挙句、病魔にも侵されて、ひとり大阪の貧民街西成に流れ着く。

 難波は師匠の黒岩に、モデルとなったアパートを実際に見せられたことがある。冬の夜、そのアパートの玄関口では、ろれつの回らない酔っ払いが脱糞していた。「そういう無茶な光景が別に異様でもない、猥雑極まりない一帯の雰囲気だった」と難波は記す。

 収録作には、神戸、芦屋など、大阪近郊の高級住宅地を舞台にしたものもある。取り澄ました秩序のなかに、社会の底辺で育った人間が素性を隠して絡む筋立てがまた実に面白かった。書かれてから半世紀以上経つというのに、人間観察に少しの古びたところもない。筆の立つ作家だとあらためて感じ入った。

武田泰淳『上海の螢』…「ゆでガエル」になろうとしていた戦争末期の上海在留日本人たち

Posted by Ikkey52 on 08.2021 文芸批評   0 comments   0 trackback
 例えば、特定の街の、特定の時代に流れていたはずの「空気」を感じようとしたら、学者の論文に頼るより、作家の私小説を読むほうが近道かもしれない。『上海の蛍』の行間からは、昭和19年から20年にかけての上海の空気が、実にリアルに立ち上ってくる。武田泰淳は、中国文学の素養を生かして、戦後文壇に独自の立ち位置を築いた作家だ。話は一人称で語られる若き日のエッセイ風な回顧談で、彼の職場となった東方文化協会周辺の人間模様が描かれる。実名で登場する著名人も多く、どの部分が脚色されているのか、自分はほぼ実話として受けとめた。 

 実生活での武田は東大で中国文学を学ぶうち、左翼運動に関わった廉で摘発され、大学を中退する。中国大陸には輜重兵として従軍した体験があった。上海渡航当時の武田は、実質的なデビュー作『司馬遷』は書き上げていたものの、小説家としてはまだ駆け出しの独身青年。左翼運動からは離れたが、一度「アカ」の烙印を押された身にとって内地は益々住みにくく、東方文化協会に職を得られたのを幸いに、先のことなど考えず上海に着いた。

 同協会は日本政府肝いりの日中文化交流のための団体ではあったが、悪化の一途の戦況を考えれば、いつの日か必ず訪れる組織としての終焉まで、流れのまま時間稼ぎしているといった状況で、新参の武田青年に多くを期待する者などいなかった。

「どのような堅固な意志も信念も、私にはあるはずもなかった」、「私は、なるべく短時間の間に、普通の上海人が食べる物を食べ、歩く場所を歩き、見られるだけのものを見、上海の喧騒のなかに溶け込むことを心がけた」。

 そんな武田青年にとって、日本人と中国人が入り混じって働く東方文化協会ほどありがたい職場はなかった。玉に瑕なのは、スタッフ間の対立や反目が日常茶飯事だったこと。武田青年もしばしばとばっちりを喰らう。衝突は個性と個性のぶつかり合いで、人種の違いの問題ではなかった。 

 一方、町場の庶民はといえば、揉め事の相手が日本人と判ると卑屈に引き下がる。当時の上海は、事実上日本軍の制圧下にあったから、それはある種の処世術だ。行政サービスも日本人優遇が当たり前だった。上海は魔都とあだ名された1930年代の怪しげなダイナミズムを失い、金さえあれば何でも買える街でもなくなりつつあった。

 昭和19年ともなれば、上海の日本人で戦争の帰結が破滅的な形で終わることを予感しない者はいないが、だからといって、危険な道中と食糧難と無差別爆撃が待ち受ける内地を目指す者も多くない。甘やかされている場所から動きたくないという心理……。「ゆでガエル」を地でいっていたわけだ。

『ロマノフの消えた金塊』…関係する言説のすべてを証拠主義で再検討

Posted by Ikkey52 on 08.2021 書評・事件   0 comments   0 trackback
 20世紀に端を発する金塊話のうち、ロシアの「ロマノフの金塊」は世界的知名度において間違いなくトップクラスだろう。その行方を巡って、あまたの推論に彩られて来た「ロマノフの金塊」だが、本書はその流出先を証拠主義に立って突き詰めようとした。

 隠匿財宝や埋蔵金のレジェンドは、いつの時代も、世界中の人々の興味を引き付けて止まない。だからこそ、国を問わず小説のベースとして盛んに使われてきたわけだが、ことノンフィクション領域に限れば、いわゆるトンデモ本が溢れている。「行方を追う」と言っても、そもそも当初の存在自体が不確実な金塊話が多い。だから辿り着く結論も怪しげなものになる。その点、「ロマノフの金塊」はれっきとした帝政ロシアの金準備だから、存在そのものには争いがない。帝政ロシアの国庫に第一次大戦の直前まで、1240トンあったという。当時の全世界の金準備の二割を占める莫大な量だ。

 結論から述べれば、「ロマノフの金塊」は戦争の戦費で目減りしたうえ、十月革命で政権を奪取したボリシェヴィキ政府の管理下に入るが、その後5年も続くロシア内戦の前半、西シベリアのオムスクを首都としてボリシェヴィキ政府と対峙した白系全ロシア政府の金準備に500トンが組み入れられる。そこまでは、数多い欧米のスパイ小説も必ず踏まえてきた客観的事実だ。問題はオムスクの500トンがどこにどう流出したかだが、本書の真骨頂こそは、その子細な解明にある。

 シベリアの大平原に複雑な軌跡を描きながら、「ロマノフの金塊」が流出するにあたり、日本という国が大きく関与していることも、あらためてわかった。ときあたかも、英仏日米伊などの連合国が、陣営を同じくするチェコ軍団をシベリアから救出するという大義名分で、ウラジオストクに大軍を上陸させた「シベリア出兵」の最中だ。金塊の一部は邦銀を通じて大阪の造幣局にも流れ込んでいる。ただし、それは強奪とか、詐取の類いとは違う。

 帝政ロシアは軍費をまかなうため日本、イギリスなど同盟国の財務官庁を通じて国債を発行したが、償還されないまま十月革命を迎えた。新たに権力を握ったレーニンの政府が過去のロシアの対外債務の一切を継承しないと宣言したために、債権を持つ同盟国は窮地に陥った。レーニン政府とは対照的に、白系のオムスク政府は、過去の政権が負った債務を継承すると言明していた。日本を含む同盟国はシベリアから流れ出した金塊に債権回収の望みを託したのだ。「ロマノフの金塊」の漂流の全体像を考えるとき、この債権未回収問題は極めて重要なファクターだ。

 本書は、日本のシベリア派遣軍や外務省の暗号電を、一次資料としてふんだんに使っている。日露のみならず、英米の研究者、ジャーナリストの見解も再三紹介される。
  

プロフィール

Ikkey52

Author:Ikkey52
ジャーナリスト 札幌生まれ
父方は、奈良十津川郷系+仙台伊達藩亘理系。母方は東三河豊橋系+肥前鍋島藩系+加賀藩系

ショッピング

トラベル

オークション

最新トラックバック

ラビリンス

デラシネ通信

ブログランキング

ブログランキング

検索フォーム

ブロとも申請フォーム

QRコード

QR