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現代日本の社会的病理カタログとして読む小説『イノセント・デイズ』

Posted by Ikkey52 on 05.2017 ジャーナリズム   0 comments   0 trackback
 私企業の目的が利益の最大化にあることは当たり前。一方、「報道」の目的が真実の追求にあることも当たり前だ。とすると、報道機関がひとつの私企業として存続することのなかには、あらかじめ大きな矛盾が隠れていると言えないか。少数派になるのを恐れず、勇気を奮って正論を吐いても腹は膨れない。

 いや、腹が膨れないばかりか、声ばかり大きいネット住民たち(=パターン化された綺麗事を好む匿名大衆)を刺激して、もし視聴者、読者に見放されでもしたら、「メディア市場から弾き飛ばされる…」。そうした悪夢におののいているのが、残念ながらマスメディアの現状だ。ネット社会が始まる前まで、物言わぬ大衆の世論をリードしていると己惚れていたというのに。

 早見和真の小説『イノセント・デイズ』は、報道や報道機関を俎上にのせているわけではない。ただ、この作品から、大衆迎合した底の浅い報道と、それを無邪気に信じて疑わない人々とを除外してしまうと、物語の推進力とでもいうべきものが大きく減退することに、はたと気づいた。

 神奈川県下のアパートが放火され、母親と幼い双子が焼死する事件があり、父親の元交際相手で、ストーカー行為を繰り返してきた田中幸乃が逮捕される。幸乃には少女期に強盗事件を起こしたとして施設に収容されていた過去があり、事件直前に整形手術を受けていたことから、メディアからは「整形シンデレラ」なる綽名まで献上されて、興味本位で語られる。

 警察、検察から掛かった容疑一切を否認せず、一審判決に控訴せず、刑確定後の再審請求さえしないかわりに、反省の言葉も綴らない女性死刑囚、田中幸乃とはいったいどういう人間なのか、その探求に作品全体が費やされる。ビギナーの裁判フリークとして偶然、幸乃の公判を傍聴した女子大生。子供のころ別れて以来、会ってもいない幸乃の義姉。犯罪被害者となった父親と幸乃の同棲時代を、よく知るから黙っていられず、ブログまで立ち上げた商社マン。幸乃と小学校の幼馴染だった新進弁護士。同じく幼馴染ながら、一審判決の傍聴席にマスクで顔を隠して座りながら、幸乃に見破られて目が合ったフリーター…。

 それらの人々の回想する幸乃が、まるで多重人格のようにつかみどころがなく、読者の理解を大きく翻弄するという、よくあるパターンの話ではない。むしろ、幸薄い人生に生まれついた少女が幸薄い大人の女になるしかなかった、という納得や諦観で、回想者たちは一致している。

 未成年妊娠や堕胎、児童虐待、学校でのイジメ、男が女にするDV、子が親に向ける家庭内暴力、引きこもり、薬剤依存、宗教傾斜など、現代日本人を取り巻くあらゆる社会的病理が登場人物たちの原体験、追体験に仮託されて、てんこ盛りに提出される。読み進むのにある種の風圧さえ感じる。いずれも「ありそうな話」だからこそ息苦しい。

 いまの「報道」を著者はたぶん見限っているのだろう。取材の本職たちに花を少しも持たせなかった。のみならず、「元カレが掴んだ一見幸福な家族を、理不尽に嫉妬したストーカー女の暴走」という事件の見立てに、一向に竿をさすこともなく、「被害者に寄り添うこと」から逸脱できない現状をうっすらと背景に書き込み、さりげなく嗤う。実際、嗤われてもしかたがない。

 えぐい通り魔、無差別殺人が目立つ一方で、犯罪当事者双方に完全な悪も完璧な善もない場合も珍しくない。だから裁判があるのだが、審理が尽くされるケースばかりとは言い難い。三審制で控訴、上告をしない被告は、まずめったにいないし、いてもかなりの確率で自暴自棄に陥っているが、では、そうした被告は絶対有罪なのか、といえばそんな保証も全くない。本作を読みながら、妙な環境下で生きていることの危うさを、あらためて実感させられた。

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骨抜きにされる中国の対香港「一国二制度」方針

Posted by Ikkey52 on 30.2017 世界   0 comments   0 trackback
 香港が窒息しかけている。イギリスから中国に返還されてから7月1日で20年。記念式典出席のため、習近平が党主席として初めて香港の土を踏んだ。地元民主派が強く反発しているのは、習が本土の政権を掌握して以来、真綿で首を締めるように返還時の条件だった一国二制度をなし崩しにしてきたからだ。

 20年前、香港の制度は安泰だと考える市民が6割いたが、いまは2割に減っていると新聞報道が伝える。6月は中国政府にとってナーバスな月だ。天安門事件が思い起こされるからだ。香港では毎年6月に、民主派が大規模な集会を開いて、事件を再評価し、関係者の復権を要求するほか、中国本土の民主化を声高に求める。習近平にはそれが耐えられないほど不快だった。

 香港返還以来、人民解放軍は司令部こそ街中に置いたが、部隊は市民への刺激を避けて隣接する本土の深圳に配置してきた。しかし4年前、禁を破り、香港領土内での演習に踏み切った。民主化運動に対する露骨な恫喝だ。流血の天安門事件を再来させたいのか、と脅したわけだ。

 香港における中国政府の出先機関が、次期香港政府長官候補には「愛(中)国愛(香)港」の人物で、中国寄りの選挙委員会が認めた人物でなければならないと強調したのも4年前だった。翌年、親中派は、長官選挙候補に民主派の出馬を認めないとする法律を議会に提出したが、このときは民主派が巻き返し、反対多数で否決した。

 しかし、去年には中国本土の民主化を唱える市民のよりどころだった「天安門事件」記念館が閉鎖された。場所を貸していたビルの持ち主に圧力がかかったといわれる。今年3月の行政長官選挙では親中派の女性政治家、林鄭月娥が当選した。香港行政長官は、千人を超す選挙委員会委員による間接選挙であり、その委員会が親中派に多数を占められている以上、結果は開票前から見えていた。

 無力感も広がっているらしい。民主派集会の参加者は漸減がいわれており、若い人たちの間では、中国本土の民主化に関心を持つ者の割合も低下しているようだ。行政長官選挙が形骸化してしまったことに加え、議会に議席を持つ民主派への締め付けも、日に日に強まっているらしい。

 民主と自由を希求する人たちが、ひとつまたひとつと、独裁者とその忠臣たちに足場を奪われていく情景は、大正デモクラシーの闊達さが軍国主義者とその茶坊主らによって蹂躙されていったかつての日本の姿とダブる。いまの世界には国際的な発言力、影響力を持ち、かつ民主主義を誇る国も多いが、それらの国々が揃いも揃ってスーパー・パワーの中国の主張する「内政干渉」という拒絶の前に、何ひとつできないのか。台湾は大丈夫か。

歯ごたえあり過ぎのベストセラー『応仁の乱』に気づかされたこと

Posted by Ikkey52 on 19.2017 文芸批評   0 comments   0 trackback
 ベストセラー本を追い求める趣味はないが、マーケティングの僕(しもべ)のような新刊が溢れる時代に、日本人一般の間で認知度が必ずしも高くない「応仁の乱」を取り上げ、日本中世史の最新研究成果を武器に、堂々直球勝負に出た新書が、店頭で長く売れ続けているというので、恐る恐る手に取った。自分のような日本史音痴にとっては、清水の舞台から飛び降りるような気分だったが…。

 結論からいえば、当初は投げ出したい気持ちにも駆られつつ、興味はなんとか持ちこたえ、どうにか最後まで通読できた。構成は前半と後半で異なる。前半は試練の道のり。ひたすら史実が速いテンポで語られていく。登場人物もどんどん増える。人名には初出時こそルビが振られるが、その読みをつい忘れてしまうし、改名する者も一人二人ではないので骨が折れる。ときおり、簡略化された家系図が出てくるのがせめてもの救いだ。

 しかし、後半は打って変わって、流れが穏やかになり、読者には考える余裕が与えられる。久しぶりに出てくる人名や出来事には、参照すべき初出ページが親切に示される。著者の呉座勇一はまだ30代という気鋭の学究。全国紙の日曜版にユニークな日本史コラムを書いている人物として名前だけは認知していた。『応仁の乱 戦国時代を生んだ大乱』で呉座は、先達の研究者の意見や解釈を頻繁に実名付きで紹介する。歴史上の人物の心の中の動きを巡って、研究者間には様々な見解の相違があることをあらためて知らされた。

 日本の歴史、ことに中世史ともなれば、定説が完全に固まり、新解釈など入り込む余地はまるでないものだと、これまで自分は勝手に考えてきた。ところが、1970年代になって提示された説があり、つい最近、発表された研究成果で、これまでの定説を覆すようなものもある。例によって戦後まもなくは、階級闘争史観に基づく解釈が全盛で、そこから外れた見解は異端として排除されたらしいが、いま人文科学の一分野として日本中世史研究はずいぶん活性化しているようだ。

 応仁の乱を端的に表現すれば、「室町幕府八代将軍足利義政配下の武将らが東西両軍に分かれ、十数年に渡って京都をはじめ畿内を中心に繰り広げた内戦」だ。その内情は、味方が敵に回ったり、その逆であったりと実に複雑で、だからこそ誰の責任で引き起こされ、なぜこれほど長期間にわたって収束不能だったのか、ひとことで片づけるのは極めて難しい。

 忘れてならないのは、本書を書き上げるにあたって呉座が、記述をベースに、性格のまるで違う二人の高僧の見解を選んだこと。ひとりは九条家出身の経覚、もうひとりは一条家出身の尋尊だ。ともに格式高い奈良・興福寺の最高職である別当を経験し、公家の出でもあることから天皇家に近いだけでなく、室町将軍家とのパイプも太い。

 それだけならば単なる体制派だが、2人はそれぞれ関係深い寺社所有の荘園を新興武装勢力の侵略から守るため、表舞台に現れては消える数々の軍事リーダーたちと、あるときは細心に、あるときは大胆に切り結んだ。したがって、ともに情報の収集と分析にはずば抜けたものがあり、それが本書全体に大きな説得力を与えている。

 もうひとつ、日本史音痴としてあらためて呉座本から教えられ、目からうろこが落ちたのは、当時の主君と家臣の関係について。どうも江戸期の知識ばかり強く刷り込まれてきたせいか、武家社会の主従関係を絶対的なものとみてきたのだが、実はそうでもなく、応仁の乱当時、主従の関係はいかにも淡泊だ。個人的損得が合わないとみれば、家臣は躊躇なく主君を換えるし、主君の側も裏切った家臣を深追いしない。それどころか、機が熟せば、裏切り者だった家臣に対しても鷹揚に赦免を与える。

 征夷大将軍の役割も、朝廷からお墨付きを得た軍事独裁者というイメージには程遠く、安定性を欠いた大名連合政権のうえで、かろうじてバランスをとっている張りぼてのような存在に思えた。また、管領職といえば将軍家の代貸にあたるが、責任を負いたくないために将軍から管領就任を求められても謝絶したり、あるいは行事に必要な時だけご都合主義的に短期間その地位に就くなど、ひどく人間くさい政権だったのだと、あらためて感じた。

 それにしても、こういう歯ごたえのある歴史書がどうして発売から30万部以上も売れるのか。日本の読書好きたちのレベルが高いということか。それともベストセラーと聞いて、大勢からの脱落を恐れる心理が働いたのか。どちらかといえば後者に近い不純な動機でページを開いた自分としては、ぜひともその真相を知りたいところだ。

父は慰安婦問題捏造の詐話師…現状に堪えかねた息子が動いた

Posted by Ikkey52 on 14.2017 書評・事件   0 comments   0 trackback
 「強制連行された朝鮮人慰安婦は8万4千人」。そう類推した元毎日記者、千田夏光の『従軍慰安婦』(1973)を、古本屋で手に入れて読んだのはまだ20代のころ。ショックだった。そして正直に告白すれば、千田の指摘をかなり長いこと露ほども疑わなかった。いまではトンデモ本の類いだったことがわかっている。著者の千田本人も上梓後「書き過ぎた」と不安に駆られたのではないか。「強制連行の実行者」として吉田清治が名乗りを上げたとき、真っ先に連絡してきた職業ライターは千田だったという。

 かといって、千田本がいわゆる従軍慰安婦問題を燃え上がらせたのではない。日本現代史の泰斗、秦郁彦が「職業的詐話師」と呼んだ吉田清治こそ真の“放火犯”であり、火勢が弱まらないよう、次々と新たな虚言で火に油を注ぎ続けてきた“愉快犯“だった。そんな吉田に重い十字架を背負わされた長男が、せめて亡父の恥の象徴を後世まで残したくないと、ついにこの春、行動を起こした。大高未貴著『父の謝罪碑を撤去します』を読んで、長男の苦衷を察しない者はいないだろう。

 北関東在住の長男は翻訳を生業にする67歳。若いころから働きずくめで、病身だった母と弟を看取り、収入の安定しない父を養ってきた。それでも自分の殻に閉じこもることなく、地域の自治会で事務方を長く引き受け、東日本大震災では被災地ボランティアに繰り返し通うような高い公共意識の持主。慰安婦問題がここまで拗れなければ、平凡な一市民として静かに暮らせたはずで、なぜ実名で取材を受けないのか、と問うのは酷だ。

 吉田清治の罪はどれほど深いか。「たった一人の詐話師が、日韓問題を険悪化させ、日本の教科書を書き換えさせ、国連に報告書までつくらせたのである。虚言を弄する吉田という男は、ある意味ではもう一人の麻原彰晃ともいえないか」。かつて吉田に言及した猪瀬直樹の形容がすべてを物語っている。もちろん、吉田の虚言に便乗し、事実に目をつぶって、政府の認識不足を叩く格好の道具として利用したマスメディアも同罪だ。ただし、権威ある日本の報道機関は、3年前の朝日新聞を最後に、吉田証言に基づく過去の関連記事をほぼすべて取り消している。後世に残って困るのは、父が生前、印税をつぎ込み建立した謝罪碑だ、と長男は考えた。

 その謝罪碑は韓国・天安市の見晴らしのいい墓苑にいまもある。碑文は、吉田が架空の元「労働報国会動員隊長」の肩書で、戦中の強制徴用に手を染めた自分の罪を認め、謝罪する内容で、黒い大理石に彫られていた。除幕式があった昭和58年12月、吉田は碑の前で土下座のパフォーマンスまで演じている。その年の夏、吉田は済州島で200人の女性を拉致したと証言する『私の戦争犯罪』を上梓しているのに、碑文に「慰安婦」の文字は全くなかった。例によって辻褄が合わない。

 長男は、交渉事に強く行動力に富む沖縄在住の元自衛官を頼り、代理人に立ってもらって、墓苑管理者に問い合わせたところ、17万5千ウォンを支払えば、墓や碑に関わる工事はなんでも管理者側でやってくれることを確認した。ただ、謝罪碑の現状変更計画が事前に韓国側に漏れれば、「反日無罪」の国柄であり、どんな妨害に遭うかわからない。造作の変更に違法性がないのであれば、碑の所有者の相続人にあたる者が自己責任で工事を実施し、届け出を後回しにしてもルールを破ることにはならないと長男側は理解した。

 撤去のための重機持ち込みは目立ち過ぎて不可能だ。そこで代理人は、本文を省きハングルで「慰霊碑」とだけ彫った大理石板を夜陰にまぎれて運び込み、謝罪碑の上からぴったり重ね、専用の接着剤で剥がせないようにした。建立者名も架空の肩書付の「吉田清治」から、「吉田雄兎 日本国 福岡県」と本名に改めた。

管理者への届けは日本から郵送で行った。しばらくして韓国警察から代理人に出頭要請の電話が入った。代理人が「出頭する以上、容疑は何か知りたい」と聞き返したところ、先方は口ごもった。後続の連絡に対しては「公共のものを壊したというのなら、謝罪碑はいつ建立者の吉田から墓苑に寄贈されたのか、証拠で示してほしい」とも伝えた。返事はない。

 「日韓双方の皆様方に、父の虚偽証言を再度、謹んでお詫び申し上げます」。本書の結びに、著者の大高は、読者にぜひ伝えてほしいと長男から頼まれた言葉を掲げ、取材時の約束を果たした。掲載写真によると、いま新しい慰霊碑には、誰がやったのか、黒いビニールが掛けられ、文字を読めなくしてある。黒いビニールが隠しているのは、「大理石に刻まれた文字」ではなく、実は「事実」それ自体であることに、まだ気づかない人間がいる。「事実」のまえには、日本も韓国も、右も左もないではないか。自分がネットで調べる限り、現在まで韓国の主要メディアは、吉田清治の「謝罪の碑文」を長男が書き換えた件を、足並み揃えてほぼ黙殺している。

湖底の堆積物に嗤われる”温暖化危機説”の虚妄

Posted by Ikkey52 on 09.2017 地球温暖化   0 comments   0 trackback
 福井県若狭町にある水月湖(すいげつこ)は、面積約4平方キロの小さな汽水湖。この湖の底には、「年縞」と呼ばれる堆積物の年輪が過去5万年ものオーダーで、見事に残っている。最大水深が40メートル近くあること、大きな河川からの流入がないこと、酸素不足で生物が生息しないなどの条件が重なり、気の遠くなる年月、年縞が守られたのだ。いま水月湖は、地質学的時間スケールの世界標準として認められている。

 立命館大・古気象学研究センター(滋賀県草津)はその水月湖の研究で知られる。年縞の堆積物は遠い古代の気候を映す混じり気なしの証拠品だ。そこから、古気象学の手法で周期性を読み取るなどして、数年、数十年のスケールで変動する気候メカニズムの解明を目指す。センター長の中川毅教授のインタビュー記事を北海道新聞2017年6月9日付朝刊から引用する。

 「地球は10万年単位で寒暖を繰り返す。地球の公転軌道が楕円で、太陽との距離が時代で変化するからだ。過去の寒暖の温度差は十数度もあり、地球は放っておいても気候が変動する」と中川はいう。古気象学では地質のほか、化石、鍾乳石、雪が解けないでできた氷床などを分析対象にする。グリーンランドの調査では1万4700年前ごろ、数年の間に7度ほど気温が上昇したことが分かっている。気候変動に関する政府間パネル(IPCC)が、21世紀末までの100年間、何の対策も講じないと仮定して、上昇する温度予測は最大でも5度だ。中川は「過去を見れば気温の上下変動が激しかったことの方が多く、現代は極めて例外的に気温が安定している」と皮肉なことをいう。

 大きな火山噴火も気候変動要素になる。大気中に放出された大量の火山性粉塵が雲のなかで、太陽光を跳ね返すからだ。1993年の日本は、夏場の気温が平年より2度から3度以上も低い記録的冷夏で、米の全国作況指数は「著しい不良」の水準さえ大幅に下回る74にまで落ち込んだ。私事になるが、それまで暮らしていた南国マニラから帰国したばかりの自分は、大袈裟な表現でなく骨の髄まで冷える感覚をはじめて知った。そして、その異常気象が、取材に自ら駆け巡った91年のフィリピン・ピナツボ火山噴火の余波だと聞いて、二重に驚いた。

 IPCCが「地球温暖化」の元凶として敵視するのは工業化による二酸化炭素の排出だが、2005年に海洋地質学の立場から米バージニア大のウィリアム・ラディマン教授は、「二酸化炭素はヨーロッパでの木の大量伐採で8千年前から、メタンガスはアジアで広がった稲作の田んぼが発生源になって5千年前から、それぞれ増加を始めた」と発表した。もし森林伐採や稲作伝播など人間による経済活動がなかったとしたら、「氷期が到来していた」と推測したので学会に波紋が広がった。

 温暖化と寒冷化、どちらが人間にとって怖いか。中川によれば、温暖化は植物が成長し、光合成が活発になることで二酸化炭素が吸収され、気温の上昇にブレーキがかかる。ところが、寒冷化は氷雪が太陽エネルギーを反射してはね返すことで、いっそう寒くなり、暴走する傾向にある。今後1万年は地球上の氷は増えないというシミュレーションもあるが、仮にそうなった場合でも中川は「これを地球温暖化で困ったと考えるか、氷河期がこないでよかったと考えるかは、科学の問題というより、哲学の問題」と話す。

 「21世紀、太陽の活動は低下期に入り、地球を冷やす方向に作用する」と中川は予測する。太陽は、短期では11年程度、長期では210年程度の間隔で活動活発期と低下期を繰り返す。過去の活動低下期には、現在は凍らないテムズ川が凍結し、日本では飢饉が頻発した。

 「過去100年は太陽と人間が地球を暖めてきたが、今後の100年は活動が低下する太陽と人間の活動の綱引きとなる。こういう時代は不安定な気候になる可能性が大きい。最も怖いのは予測のつかない気候の不安定さだ」と中川の懸念は尽きない…。

 以下、再び私見を述べれば、以前からこのブログでIPCCの主張に疑問を呈してきた。温室効果ガスとしての二酸化炭素犯人説にも疑いの目を向けてきたが、中川はあっさりと「太陽と人間が地球を暖めてきた」と認めたうえで、「現代の気温は極めて例外的に安定している」との考えを提示する形で、IPCCの現状認識に婉曲に異を唱える。。地球誕生以来の46億年が、気候変動の繰り返しであったことをあえて軽視するIPCCは、やはり何らかのバイアスがかかった場だと自分には思える。

 もちろん、中国の大気汚染のように地球環境を汚すことと、二酸化炭素の排出とは根本的に別のものだ。もし、現代人の日常の経済活動の結果、地球規模で排出される二酸化炭素が、地球温暖化を招く悪玉ではなく、寒冷化を緩和する善玉だとすれば、各国が昨今、様々な政治的駆け引きのなかで取り組む温暖化防止策は「地球のためにならない」ことになる。米大統領トランプのパリ協定離脱発言の真意は不明だが、論議を最初からやり直すきっかけにすればいい。
  

プロフィール

Ikkey52

Author:Ikkey52
ジャーナリスト 札幌生まれ
父方は、奈良十津川郷系+仙台伊達藩亘理系。母方は東三河豊橋系+肥前鍋島藩系+加賀藩系

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